第4話 毒
「自業自得というやつさね。」
老婆が死刑囚の男を見下ろしながらそう言い放つと椅子に戻って深く腰掛けた。
私は体育座りのような状態で壁に背を預けながらその様子を見ていた。
変わらず恐怖のあまり体は小刻みに震えていた。
しばらくすると、今度はあの白髪混じりの60代くらいの男性が、
「ま、まて、、自業自得だと、、、、私は医者だったんだぞ、、、私は何人もこの手で救ってきた!!!なのになぜこんな酷い目にあわないといけないんだ!!!」
ふらふらとした足取りで老婆にそう訴えながら近づいていくけど、途中で力が抜けてしまったらしくガクッと両膝を床につけた。
(え??この人お医者さんだったんだ。何人も救ったって、、確かにそれならどうしてそんな人がこんなところに???)
不思議に思い男性から老婆に視線を変えた・・・けど、
何も見えない!?!?!?!?
私はまたしても白い靄に視界を奪われていた。
「あ!!あああ!!!」
慌てて靄を掃おうとしたけど無意味だった。慌てている私の足下からスゥーっと大きな円柱の影が現れた。
「なに??これ?????」
ぼーっとその影を眺めていると・・突然
シューーーーーーーーーーーー!!
スプレーの噴射のような音とともに霧状の何かを噴きつけられた。
「ぐぅっ!!!・・・・おええええええっ!!」
その何かを噴きつけられた途端、私は激しく嘔吐してしまった。
さらに目眩と激しい頭痛に襲われ始める。
(く、、ぐるしい、、、、)
次第に喉や肺がただれたように痛くなり、上手く呼吸が出来なくなってしまった。私は必死で空気を吸い込もうとするが、全身の痺れがその行為を許してくれない。私は苦しさにのたうち回りながら、、、、、、、意識を失った。
****
老婆は、医者だった男の訴えを聞くと数秒両目を閉じピクピクと瞼を痙攣させた。
パッと目を開くと口を開き
「ああ!?人を救ったこともあったようだね。確かに善業と言えるものもあった。しかし、あんたは人を殺してるねぇ。」
と医者だった男の問いに答えた。
「た、、確かに救えなかった命もあった。しかしそれ「それじゃないさ!!!」
医者だった男性の弁明を遮るように老婆は強く言葉を発した。
「私利のために毒で人を殺したやつだよ。それも一人だけじゃないようだねぇ???」
片目でギロッと男性を睨みながら続けてそう言うと、医者だった男はビクッと体を震わせた。
「なぜ、、、それを、、、。」
「あちらでは上手く誤魔化して裁かれなかったようだが、こっちにはちゃんと記録が残ってるのさ。それより何だい??今までその自業を受けてたんじゃなかったのかい???」
不思議そうに老婆が医者だった男の顔を覗くと彼は狼狽えた。
「あ、、あんたはいったい何を言って、、、、、ひあああ!!」
男は話している途中に奇声を上げると、寄り目にして上を見ている。その表情は恐怖で引き攣っていた。
老婆は再び瞼を痙攣させていた。再び目をパッと開くと
「ああ、あんた自分のストレス解消のために毒で虫もたくさん殺しているねぇ。『今までのは』その分だったみたいだが、まぁ、、、それもまだ終わらなそうだけね。」
吐き捨てるようにそう言った。
「ふぐぅう・・・。」
うめき声を上げ、両手で喉を押さえながら医者だった男は仰向けに倒れてしまった。再び苦しそうに首を掻きむしり、足をがに股に開いてまるで虫のようにバタバタと動かしていた。
老婆は、足下でもがいている男の奥に目を向けた。視線の先には、聖が自分と正反対のタイプの人間だと感じていた女性が、うめき声を上げ、白目をむき、鼻水と涎を垂れ流しながら時折ビクン!!ビクン!!と体を跳ね上げていた。
そして聖を一瞥すると老婆は首を左右に振り
「ほんとに毒の多いところだねぇ。」
呆れた声でそう呟いた。
****
「ハッ!!!」
私は3度目の靄から意識を取り戻したようだった。
「はぁぁぁ・・・。」
真っ白な天井を見ながら胸に両手を当て、普通に呼吸が出来るようになっていた事に安堵し深く呼吸をした。さっきの苦しさは、私が今まで経験したことが無い異様な痛みと苦しさだった。
「目が覚めたようだね。」
私は初めてここで目を覚ました時と同じ台詞で呼びかけられてビクッとしてしまった。(心臓が止まるかと思ったぁぁ)恐る恐る起き上がり声がした方に顔を向けると、机に両肘を付き、組んだ両手の上に顎を載せてこちらを見ている老婆がいた。
打って変わった部屋の静けさに私は恐る恐る周囲を見渡してみた。変わらず元の白い部屋の中のようだったけど・・・・私を残して他の人達はいなくなっていた。
「お前さん以外、他の者たちは別の場所に移動させたよ。」
私の様子を見ていた老婆が現状を教えてくれた。
「え?」
「少し話をしようと思ったのさ。不本意だがこんな状況になってしまったからねぇ。それとあの五月蠅い男に邪魔されてまだお前さんの名前しか確認出来てないよ。」
「え!!話???あ、、、、はい、そうでしたね。」
急な展開に驚きながらも私は苦笑いでそう答えた。
「はぁ、、今となってはもういいさね。」
老婆はため息をつきながらそう言い、椅子から立ち上がると私に近き前かがみになって私の顔を覗くような姿勢を取った。
私は刺さるような老婆の鋭い眼光に息を呑んだ。
「お前さん、さっき意識を失う前に『なぜ医者だった男がここにいるのか?』と疑問に思ったねぇ??」
「え??」(心を読めるの??この人はいったい??)
老婆は微笑みながら首を縦に振った。
「あたしを詮索しても意味が無いよ。何も答えないしね。あとそんなに心配しなくてもいいよ。常にお前さんの心を読んでいるわけでは無いからねぇ。それはそうと、ひとつ質問をするよ?」とケラケラ笑ってると思いきや急に真顔になってそう言うので、私は戸惑いながらも頷いた。
頷いた私を確認すると、老婆は再び椅子に戻り先程と同じ姿勢を取ると話を続けた。
「さて、方法はどうあれ100人の命を救った者がいたとしよう。」
再度私は頷き(さっきのお医者さんのことかな??)と思案していると
「しかし、その者は1人の命を自分の利益のために奪った。その者は死後どうなると思う??」
(え??さっきのお医者さん誰か殺しちゃってたの??え??えええ!?分からない。どうなるだろう、、、100人も人を救ってるけど、、、でも、、、1人殺してしまっている、、、、ってか何?この質問??)などとあわあわしてると
突然老婆から「ちゃんと考えな!」と強めの語気でそう言われてしまい再びビクッとした。
「ちゃんと考えろかぁ・・・。」
『聖!ちゃんと考えろ!!!』
昔、進路のことで口論になった際、真剣な目を向け私をそう叱った父親と老婆が重なって見えた。そしてその隣で心配そうに私を見つめている母親の顔を思い出した。
この「ちゃんと考えろ!」は何度も父に言われていた言葉だった。「『耳に胼胝ができる』とはこの事だぁ。」とそれを言われる度に思っていたものだった。
けど、今は昔の出来事を回想している場合ではなかった。私はかぶりを振って思考を戻すとしばらく考えた。なぜかは分からなかったけど、老婆はちゃんと考えた答えを出すまで待ってくれるような気がした。
そうして考えた結果を私は絞り出すように声に出した。
「天国には行けない。」
「ふむ、なかなかいい答えだねぇ。」
老婆は微笑みなが、立てた右の人差し指を前後に揺らしながら機嫌良さそうにしている。
「ここにいた者達はそれぞれにそれぞれの罪があったさねぇ。例えのように100救って1殺した者もいれば、逆に100殺して1も救わなかった者もいたが、お前さんが言う通りどちらも最初から天国には行けなかったさねぇ。1殺していたけど、100救っていたのだから『100-1』で『99は救った。』という事にはならないのさ。」
(確かにそうだと思った・・だけど・・救った人もたくさんいる・・・。)
私は『何とも言えない』という表情をしていたと思う、、、けど、老婆の次の言葉にハッとした。
「ピンとこないかい??他人事だと思うから分からないのさ。それとさっきは医者だった男の・・・当人の話しか聞いてないから尚更ピンと来ないのかもしれないねぇ?」
(あ、やっぱりさっきのお医者さんの話なんだ。)
ニヤッと笑い老婆は続ける。
「なら、その者が100人救った者で100人の家族がその者に感謝していたとするが、殺した1人がお前さんの家族で、酷い苦しみを与えられて殺されていたとしたらどう思うさねぇ??」
「ああ!そうか!!100人救っていたとしてもそんなの関係ない!!って思ってしまいそう・・・。相手を恨んで、同じ苦しみを味わって死んでほしい・・・きっとそう思ってしまう。」
「ここはそういう場所さ。それぞれにそれぞれの罪があるならば、それぞれにそれぞれの自業自得があるのさ。まぁ、誤解が無いように一つ付け加えるが、殺人鬼だった男とあの医者の男と戦争に行っていたあの老人・・・最初は全員この場に居合わせたが、次の行き先はそれぞれ異なっているよ。」
私は何も言えずにいた。確かにたくさんの情報を処理しきれていなかったけど、本音はどう返答していいのか分からなかった。
「まぁ、話をするのはここまでさね。」
そう言い終えると老婆は立ち上がり、机の下に椅子をしまった。
老婆が壁に向かって歩き始めると、スーッと自動ドアのように壁に出口が現れた。トコトコと老婆は出口に足を向けたけど、何かを思い出したように立ち止まった。
「どうしたんですか??あの・・・私も着いて行って良いんでしょうか?」
このままここに居るのが嫌だった私は老婆にそう問いかけたけど、それとは全然関係ない話を切り出された。
「そう言えば、お前さんも毒で結構殺していたみたいだねぇ?」
「え???」
「何だい、キョトンとした顔をして。覚えてないのかい?」
老婆はため息を吐いた。
「いったい何の話ですか??」
フッと鼻で笑った老婆が残念そうな表情を浮かべてポツリと答えた。
「蜘蛛だよ。」
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