死を目前にした人のエッセイを読んだこと

死を目前にした人のエッセイを読んだ。『サックス先生、最後の言葉』という本だ。著者は80歳を過ぎて、癌によってこの世を去った。


「80歳! 人生これからだと思うに~」といったことが書かれていた。


姫呂はまだ30代の若造だが、「人生これからだ」なんてとても思えない。時には、もう早く終わってほしいとすら願うことがある。


精神に深刻なダメージを受けた。その影響で、肉体もガラクタになった。息をするだけで苦しい、ということが往々にしてある。


この著者は死に向き合おうとしているが、姫呂にとって深刻なのは死ではない。苦痛だ。


そうした決定的な違いこそあるが、著者の言葉に同意できるものもあった。


たとえば、著者は、もはや政治問題や地球温暖化の議論などに関わっている暇はないと述べている。自分や自分の周りだけに集中しなければならないと。それは無関心になったのではなく、「超越」したのだという。


これは、よくわかる。姫呂もまた、不必要なことに時間を割いている余裕はない。自分自身に集中し、外側の議論は超越しなければならない。


癌のせいで弱りきった著者は、充実した有意義な人生を送ること、そして自分自身の内に安らぎを感じることの意味について、考えることが多くなったという。


充実した有意義な人生……。


自分自身の内に安らぎを感じる……。


姫呂も、そういったことを成し遂げたい。


だが、苦痛の日々のなかでどうやって?


その答えがわからない。

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