第6話
それから何日かして、侍たちがやってきました。でも村があったはずの場所には、霧深い谷があるだけです。
「おかしい。このあたりに村があったはずだ。」
大将らしい侍が言いました。
「今度の戦では、このあたりに陣を構える必要がある。ここに陣を築くためには、村人たちをかり集めて働かせねばならん。どこかに隠れているのではないか。さっさと探すのだ。」 足軽たちがあちこち探していると、不意に強い風が吹いて、霧の向こうに村があるのが見えたような気がしました。
「大将、やはりここに違いないようです。谷間の奧に村があるのが見えました。」
「よし、すぐに村に行ってこい。食料を差し出させるのも忘れるでないぞ。」
大将が馬の上から見ていると、足軽たちが谷の奧に向かって歩いていくのにつれてその姿が小さくなっていきました。ところが霧にまかれて姿が見えなくなったかと思うと、霧の中からひょっこりと大将の前に姿を現したのです。
「何で戻ってきた。村人はどうした。」
足軽たちは驚いて辺りを見回しています。
「わしらは大将に言われたとおり、村に向かっていたんです。勝手に引き返したりなどしません。」
「愚か者どもめ、もう一回行ってこい。」
足軽たちは、あわてて村に向かって歩き出しました。
ところが、谷の奧に向かって歩いていったはずなのに、いつの間にか谷から出てきてしまうのです。何回やっても同じことで、どうしても村まで行けません。しまいには足軽たちがおびえ出しました。足軽たちは口々に言いました。
「大将、ここは何か変です。」
「この場所に入るとたたりがあるに違いないです。もうこんなことはやめて、早く引き上げましょう。」
それを聞いて、大将はカンカンになって怒り出しました。
「この臆病者どもめ。たたりなどあってたまるものか。何か仕掛けがあるのに決まっておる。とっとと、あやしげなものを探さんか。」
大将に怒鳴られてもおびえきった足軽たちは、動こうとしません。大将がますます怒りくるい、馬上からあたりを見回すと、小さな塚が目に入りました。
「こいつに違いない。」
大将は馬から飛び降りると、塚を掘り返し出しました。
すると、今まで晴れていたのに、急に雲がわき出して、空が真っ暗になりました。
「大将、もうやめてください。」
足軽たちが口々に懇願しても、大将はむきになって掘るのをやめません。そのうちに、土の中から、あの仏像の首が出てきました。
大将は首をつかみあげると言いました。
「見ろ、こいつだ。これがまやかしの仕掛けに違いない。」
「こんなもの、こうしてくれるわ。」
大将は首を地面にたたきつけると、たき火の中にけり込みました。
すると、恐ろしいほどの雷鳴がとどろき、猛烈な風が吹き始めました。
「さあ、もう一度村に行ってこい。」
大将がどんなに怒鳴っても、おびえきった足軽たちは、頭を抱えてうずくまっているばかりです。
大将は顔を真っ赤にして刀を抜き放つと、馬にまたがったまま、村に向かって走り出しました。足軽たちが見ていると、大将は刀を振り回しながら、すごい勢いで谷間の奧目がけて走っていきます。そして霧の中に入った時です。大将の影がぐにゃりとゆがんだかと思うと、霧が真っ赤に染まり、恐ろしい悲鳴が聞こえてきました。そして大将は二度と戻っては来ませんでした。
すると、さっきまで真っ暗で荒れ狂っていた空が、まるで何事もなかったかのように、真っ青に晴れ渡りました。
足軽たちは、悲鳴を上げながら逃げていきました。
それ以来、ここは「入らずの谷」と呼ばれ、誰も近寄らなくなりました。
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