第5話
「私は村の守り本尊として、皆に大事にされてきたが、今こそ、その礼をする時が来た。私はそなたたちを守りたい。私の言うとおりにすれば、そなたたちを戦も飢えもない世界へ導くことができる。ただし、村を出ることはできないし、外のものが村に入ってくることもできなくなる。それでもよいか。」
村人たちはおそるおそる聞きました。
「それは、どのくらいの間ですか。」
「私がいいと思うまで。戦が終わり、世の中が平和になるまで。」
村人たちは息をのみました。戦が終わることなんてあるのでしょうか。もしかしたら、自分たちは一生そこから出られないかもしれません。でも、このままでは死を待つばかりです。村人たちは戦から逃れたい一心でうなずきました。
守り本尊は言いました。
「私の首を切り落とし、残った体を燃やして灰にするのだ。そして、その灰を細い筋のように撒いて、日が昇る前に村全体を囲いなさい。村だけではない。畑も林も村境の内側の全てを、私の灰で囲むのだ。大丈夫、私の灰はたとえどんなに細く撒かれても風でとぎれたりはしない。」 村人たちは、顔を見合わせました。いくら助かりたいと言っても、大切なご本尊を燃やすことなど、とてもできはしません。
「私はそなたたちを守りたいのだ。もう、あまり時間はない。どうか、言うとおりにしてくれ。」
村人たちは、仕方なく言うとおりにしました。そしてみんなで手分けをして灰を撒きました。たいまつの明かりを頼りにして、一晩中一生懸命に村を囲う筋を描きました。腰をかがめて少しずつ灰で筋を描いていくのは、とても大変なことです。小さな村といっても、周りの畑まで含めれば、歩いて一周するだけでも、けっこうな時間がかかります。村人たちは交代しながら、筋を描き続けました。疲れ切ってとても無理かと思い始めた頃、いくつかの筋がつながりはじめ、夜明けの少し前には、とうとうあと一撒きで、祠の前で最後の筋がつながるところまできました。
守り本尊は言いました。
「これで結界を作ることができる。結界の中は私の体内と同じこと。外から来る災いを必ず防いでみせる。さぁ、囲いの中に入りなさい。」
村人たちが喜んで囲いの中に入りかけると、守り本尊はさらに言葉を続けました。
「だが、すまないが結界を閉じるために、一人だけは外に残らなければならない。私は結界を作るためにほとんどの力を使ってしまう。残された最後の力は、そなたたちをこの結界から解放する時に使わねばならない。さもなければ、そなたたちは永久に結界の中から出られなくなってしまう。」
村人たちは、顔を見合わせました。これで命が助かる、戦から逃れられると思っていたのに、これではあんまりです。もし外に残ったら、戦に巻き込まれて命を失ってしまうかもしれません。
村長が言いました。
「誰か手を挙げてはくれないか。」
みな顔を伏せてしまいました。
「仕方ない、それではくじ引きをするほかはないが・・・」
村長が言い終わらないうちに、一人の若者が手を挙げました。太一でした。
「俺がやろう。確かにこの中にいれば安全だろう。だが、こんなことを言うと畏れ多いが、この中にいるということは、神様に飼い殺しにされるというのと同じじゃないか。
もしそうなら、俺は外に残って自分の運を試したい。なに、そう簡単にやられたりはしない。俺一人なら、きっと逃げ延びてみせる。」
太一がみなを見回すと、一人の娘と目が合いました。
「ゆう。」
太一がつぶやくと、娘は悲しそうに目を伏せました。
守り本尊が言いました。
「もう、夜明けまで時間がない。みなは、早く囲いの中に入るのだ。」
「太一、すまねえ。」
「達者でな。」
「死ぬんじゃねえぞ。」
村人たちは口々にそう言いながら、急いで村の奧へと入っていきました。
「太一、そなたにはこれからどうするかを教えるから、私の言うとおりにしてくれ。
おまえが最後の灰を撒いて囲いを閉じたら、私が結界を作る。その後、ここに私の首を埋めて、塚を作ってほしい。そうすれば、私はここでみなを見守ることができる。」
「さあ、最後の灰を撒いて、囲いを閉じなさい。」
太一は言われたとおりに灰を撒いて、囲いを閉じました。すると囲いの線に合わせて、村全体を包むように、淡い光の壁が立ち上りました。そして守り本尊の首が宙を飛び、ちょうど村の真ん中あたりに空高く浮かび上がりました。
するとどうでしょう。そびえ立った光の壁が布袋の口を絞るように守り本尊の首に向かって閉じていき、ついに首とつながると、次の瞬間、まばゆいほどに光り輝く、あの守り本尊の上半身が地面からそびえ立ったではありませんか。
太一はあまりのまぶしさに目をつぶりました。しばらくして目を開けると、そこには村の姿はなく、霧の立ちこめる谷がありました。目をこらすと、遙か遠くに家らしきものが見えた気がしましたが、渦巻く霧に隠れてしまいました。太一がふと足元を見ると、そこにはあの守り本尊の首が転がっていました。太一は言われたとおりに、かつて祠のあったあたりに首を埋め、小さな塚を作りました。
太一はもう一度霧の向こうを見つめた後、麓に向かって走り出し、二度と振り返ることはありませんでした。
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