第3話
そうして一月ほどたった、ある朝のことです。朝早くから、コーン、コーンンと聞き慣れない音が響き始めました。村人たちが何事かと外に出てみると、お坊さんが寝起きしている家の中から、音が聞こえてくるではありませんか。
村人たちがおそるおそる戸をあけると、お坊様が一心不乱に鑿をふるっています。これまでのやさしそうな笑顔とは打って変わった厳しい顔で、話しかけることもできないほどです。
村人たちは、口々に
「やっと始まったか。一時はどうなることかと思ったよ。」
などと言いながらも、心の中ではほっとしていました。
鑿の音は朝早くから夜遅くまでずっと続いていて、休む気配もありません。そのまま一月も続いたので、さすがに村人たちも心配になり、村長が様子を見に行くことになりました。
「お坊様、大丈夫かの。あまり根を詰めると体に毒だよ。」
村長が戸をあけると、そこには美しい木彫りの像が立っていました。けれども村長が知っている仏像にはまるで似ていません。
「お坊様、これは何という仏様かね。わしはふもとの町の大きなお寺で、いくつも仏様を見てきたが、この仏様は全然似ていないがの。」
お坊さんは振り向くと笑いながら言いました。
「わしにもわからん。わしは、仏様のお姿に、こうあらねばならんという決まりはないと思うておる。この世のどんなものにも仏様は宿っておられる。わしはこの木の中に宿っておられる仏様に外に出てきていただこうと、お手伝いをしているだけなのじゃ。」
「もう少しで終わるでの。あと二三日待っていておくれ。」
お坊さんはそう言うと、村長を外に送り出しました。
それから何日かして、鑿の音がやみました。村人たちがおそるおそる戸をあけると、お坊さんがにこにこしながら言いました。
「ずいぶんと待たせてすまなかったの。やっと仏様に出てきていただいたところじゃ。」
そこには、たいそう美しい立ち姿の像がありました。
やさしく気品に満ちていて、今にも動き出しそうです。木彫りの仏様だというのに、朝日を浴びて、衣が本物のように柔らかく輝き、まるで後光が差しているようです。
村人たちは長い間見とれていましたが、我に返ると口々にお坊さんにお礼を言いました。
「お坊様、こんなに立派な仏様を作っていただきましてありがとうございました。何かお礼を差し上げたいのですが、いかがでしょうか。」
すると、お坊さんは笑ってこう言いました。
「長いこと食事の世話をしてもろうた。それだけで十分じゃよ。」
粗末な食事ばかり出していた村人たちは、顔を見合わせるとばつが悪そうに笑い合いました。
村人たちは仏像を村はずれの祠に納めると、お坊さんにありがたいお経を唱えてもらいました。
「これでよし。一時はどうなることかと思ったが、これでわしらも安心して暮らせるというものじゃ。」
村人たちは喜んで、新しい守り本尊ができたお祝いとお坊さんへのお礼のために、ささやかな宴を催しました。
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