故にカルタゴ滅ぼさるべし
レグルスを代表者とする、私を含めた一行はローマに辿り着いた。戦時下とはいえ、我々は外交使節である。それなりの歓迎を受ける。講和のための会談は後日と定められ、我々は毎夜、ローマの元老院議員たちの屋敷に次々と招かれた。その最初の日、姿を見せたローマの女がいた。
「あなた……! ああ、あなた……!」
「マルキア。すまなかった。心配をかけた」
「いいえ、それよりもよくぞご無事で……!」
ふん、と私は鼻白んだ。妻か。レグルスの年を考えると、割合に若いようだが。
「レグルス将軍。今夜は、こちらの屋敷に泊まって、細君と自由に過ごされるがいい。見張りは最小限に留める」
もちろんこちらも、形ばかりではあるが護衛兵の数人は連れて来ている。
「それでよろしいのか」
「里心があるのだろう。ローマの将軍といえどもな」
「感謝を捧げます」
「礼を言われる筋合いではない。気にするな」
これでレグルスがローマに戻りたいという念を強くしてくれるなら、安いものだった。必要だから拷問など加えたこともあったが、別にカルタゴの誰もレグルスを苦しめることそのものを望んでいるわけではない。
それはよかったが、次の夜も、次の次の夜も、招かれる屋敷は別だがマルキアは姿を現した。子供を連れてきたこともあった。別に一度も二度も同じなので、私は毎度同じ許可を出した。
ところで、それとは別のことで、気付いたことがあった。こちらも特使であるから毎夜それなりの、あくまでもローマ人なりのそれなりだが饗宴が張られているわけだが、毎夜、見かけるものがあったのだ。それは一枚の銀の大皿であった。
高価そうな品ではあった。なるほどローマ人でも元老院議員ともなればこれくらいのものは持つのか、とはじめ思ったのだが、何故かどこの屋敷に招かれても同じ皿に料理が盛られて出てくる。どうやら、一枚の同じ皿を、つまり、ローマじゅうで一枚しかなかったその皿を、他にないから使いまわしているらしいのである。ローマ人は質素倹約を尊ぶとは聞いていたが、想像以上だった。
さて、我々がローマの元老院に招かれ、講和会議をする日がようやくやってきた。議事堂に議員一同が集まり、レグルスが論壇に立った。
事前の打ち合わせでは、ローマがそもそもこの戦争の開始前に一切の権益を有していなかったシチリア島への進出を一切諦め、海洋国家カルタゴとの間に今後長きに渡る友誼を図るよう元老院諸氏に訴える、ということになっていた。
だが、実際にはレグルスは開口一番、こう言った。
「父たちよ、そして新たに加わった者たちよ! カルタゴとの戦争は継続されなければならない! 断固として、断固としてだ!」
私は気が遠くなるのを覚えつつ、話の続きを聴いた。
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