第28話 夢

私は、どこにいるのだろう。


塔から離れた暗闇に、どこか懐かしい温度を感じる。


視界に現れたのは、草原だった。


天には月が煌めき、強い風が地の面を凪いでゆく。


私はその中で、一人立っている。


服装は変わらない。


白いワンピースは母から贈られた唯一つのもの。


靴は履いてはいない。


地の面を裸足で踏みしめるのは好きだから。


大地は優しい。


草原が、私の足を受け止める。


頬をなでる風はなぜか温かい。


今は夏なのだろうか。


遠くに、金色の髪が視界に映る。


私よりも大きく、たおやかなその足取り。


草原の中で、母は私に笑いかける。


私はその人に向けて駆けてゆく。


しかし、しばらくして、その足取りがやけに重い事に気付く。


どれだけ懸命に腕を動かし、地面を蹴っても。


母のそばに追いつかないのだ。


私は焦る。


なぜか、今追いつかなければ、母にもう二度と会えないような気がしたのだ。


四年前の面影は、幻影のように遠くで揺らぐ。


月光だけが、草原を優しく照らす。


私は、懸命に足を動かしてゆくうちに、私のうちの何かが、枷のように外れてゆく感覚を味わう。


そして次の瞬間、その枷は私の中で重い音を立ててはじける。


同時に、体は草原の中に駆けてゆく。


草むらの影を踏み越えて。


私は、母の元へとたどり着く。


母は、澄んだ金色の目をしている。


そばに佇んだ私に、何かをささやくが、その内容を私は聞き取る事が出来ない。


なぜか私は、母の目の前で大声を上げて泣いていたのだから。


こみ上げる感情は寂しさと悲しみに満ちている。


母は、私に別れの言葉を言おうとしているようだった。


その口元は寂しげに笑う。


私は母に向けて、両手を伸ばす。


掴むように、すがるように。


しかし、ひときわ強い風が吹くと、その金色の幻想は花びらが散るように掻き消えてしまう。


強く生きなさい、トリシャ。


最後に残された母の言葉が、胸の中で鐘の残響のように残っていた。

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