あの春色のカーディガンを羽織って

 先輩の宮部さんが明るい色のカーディガンを羽織っていることに夕方になって気づいた。今日は春にしては暑くて、夏を先取りしたような陽気だった。だからオフィス内はエアコンが利いていてとても快適だけど宮部さんには寒いのかもしれない。


「寒いですか?」


「少しね。ここエアコンの風が直撃するから」


 言われてみればそうだ。よく見れば宮部さんの机の上にはハンドクリームや卓上加湿器なんかも置いてあった。冬の乾燥がきついのだろう。


 言われないと気づかないことがいっぱいあるなと思う。宮部さんが寒い思いをしているとか、そのことに気づけなかったなとか。恐ろしいことに自分は言われるまでエアコンの向きを気にしたことすらなかったのだ。


 仕事についてもそうだ。がむしゃらにあれこれ言われるがままにやってきたけれど、手順を改めて確認すると物凄く合理的だったりする。これ、いるんだっけ? みたいに思うことでも抜かしたら惨事につながるようなことがあったりする。そういう細かい理由とか今まで考えてこなかった。なんていうかぼんやり生きていたんだなと気づいてしまう。


 そこで改めて宮部さんの方を見た。明るい色のカーディガンで、髪をお団子にまとめている。パソコンの画面を眺めて目を細めている。なんで結びっぱなしじゃなくてお団子なんだろうなと思ったりする。


「ポニーテールだと毛先が首にあたってチクチクするんだよね」


「……考えてもみませんでした」


「そりゃそうだ」


「でもそのお団子かわいくて似合ってます」


「……ありがと」


 宮部さんは少し目元を緩めて言った。それから自分の仕事に戻る。宮部さんにレビューしてもらった資料を手直しして再送する。自分の調べ物をしてわからないことを先輩に聞いて資料を作る。あとは日報を書いて部署内に展開して終わりだ。


「お先失礼します」


「おつかれ」


「あ、宮部さん。そのカーディガンもいいと思います」


「……ありがと」


 ひらひらと手を振って宮部さんが見送ってくれた。


 翌日宮部さんから再送した資料OKの返事が前日の10時過ぎに送られていることを発見して、なにかできることがないか聞くべきだったと反省した。気づけないことだらけだ。

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