どこか香り立つ、いつもの料理

「ただいまー」

「おかえり」

 学校が終わって帰宅すると母が台所で夕ごはんの用意をしている。覗くとカレーだった。いい匂いにお腹が鳴りそうになる。

「今日は一人なのね」

「紺は委員会の仕事があるから先に帰ってきた」

「あら珍しい」

 母の言う通り本当に、珍しい。わたしが双子の姉妹である紺乃を置いて先に帰ってくるなんて。でも前みたいに紺が図書室で作業をしているのを眺めながら待つ気にはなれなかった。だってわたしと紺の間にあの男の子がいる。

「別になにってわけじゃないんだけどさ」

「別に何があろうがなかろうが構わないのよ。あなたたちは双子だけど個人×2でもあるんだから」

「そう、なんだよね」

 その通り。本当にその通りだ。なんかいっつも一緒だし学校でも半身とか浅井姉妹の片割れとか言われるから2人で1人みたいな気がしていたけどそんなことはない。

「ねえねえ藍。こっち来て」

 呼ばれて台所に入る。

「これ味見して」

 差し出された小皿にはカレーが一口。

「いただきます。……おいしいけど、いつものと少し違う?」

「ええ、隠し味を変えたのよ。藍はいつものとどちらが好き?」

「うーん、こっちかな」

「じゃあしばらくこれで行きましょう。前のは紺が好きな味にしてたから」

「え、そうなの?」

 驚いて聞き返すと母はそうよ、と普通に答えた。そうれはつまりわたしと紺は味の好みが違って、そのことを母が分かっていたということだ。わたし自身は気付いてなかったのに。

「お母さんって何でも知ってる?」

「まさか。知ってることしか知らないわ。人によって知ってる範囲が違うのは普通のことよ。そのことを知っているのが大事ね」

 なんか難しいことを言っている。でもきっとそうなのだろう。わたしはわたしであり、紺乃は紺乃だ。そのことをきちんと考えるべき時なのだろう。

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