この電車で見かけるのも最後か

 今日でこの電車に乗るのも最後。明日から春休みで、それを終えたら社会人だ。毎日の通学電車で楽しみなことが一つあった。それは少し年上と思しきお姉さん。彼女も毎日同じ電車に乗っていて、ほんの少しの間だけ並んでいる。

 そのお姉さんと同じ電車に乗るようになったのは俺が大学3年生になって午前中の早い時間にゼミに行くようになってから。たまたま担当教官や他のゼミ生の都合で週に2日ほど1現にゼミが入ることになった。それは4年になってもそのまま引き継がれて今に至る。

 去年もそうだったけど、今時分になるとお姉さんはげっそりしていることが多くなる。年度末と、あと年末だろうか。たぶん飲み会かな? たまに酒臭いときがある。社会人なんだから自分の飲む酒の量くらい調節しろよ、とも思うし逆に飲まなきゃやってらんないのかな、とも思う。

 そして最後である今日もお姉さんは青い顔をしていた。目が虚ろで心ここにあらずって感じだ。最後なんだからしゃきっとしてきれいな顔をしててほしかったけど、これは俺のワガママだから口には出せない。そもそも名前も知らないし口も聞いたことないし。少し残念に思いつつもいつも通りお姉さんが先に降りていくのを見送ろうとした。しかし慌てて追いかけた。お姉さんが倒れたから。

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう。大丈夫です」

「二日酔いですか?」

「失敬な。後ろから押されてよろけただけです」

 なら良かった、とお姉さんを助け起こす。お姉さんは照れたように笑ってて可愛かった。

「きみ、たまに一緒に電車に乗ってる子だよね。なんで二日酔いだなんて思ったの?」

「乗ってきたときに目が虚ろでしたし、お姉さん飲み会シーズンになると酒臭いときありますから」

「え、嘘。ちゃんとシャワー浴びてきたのに」

「今日は匂わないから大丈夫ですよ。俺、今日でこの電車最後なんです。だからお話できてよかった」

「そうなん? 卒業?」

「はい。今日で大学も卒業です。4月からはお姉さんと同じ社会人ですよ」

 それはおめでとう、とお姉さんはやっぱり可愛い笑顔で言ってくれた。この笑顔だ最初で最後なのが無性に寂しかった。だから。

「あの。これでお別れなんて嫌なんで、俺が社会人になったらお祝いにおススメの居酒屋教えてください!」

「え」

「えっと、電車の時間は変わるかもですけど就職先はこの近くで、たぶんお姉さんの勤め先とも近いと思うんで。だから、ご迷惑でなければ」

 お姉さんは少し黙り込んだ。それから小さい声で「浅井さんが言ってたのはこういうことなのか?」とつぶやいてから、こちらに向き直った。

「いいよ。連絡先交換しようか」

「ありがとうございます!」

 良かった。言って良かった。にやけるのをこらえられないままスマホを取り出す。

 俺が彼女に再開するのは2週間後。入社式を終えて配属先で再び出会うことを今の俺はまだ知らない。

 

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