予感

 なんか今日はいい事がありそうな気がする。朝起きてそんな予感がした。

 いつも通り旦那と子供を送り出し掃除と洗濯を済ませて仕事を開始。私は在宅で翻訳の仕事をしている。基本的には一人で黙々とやっているけど、今日は某社の編集さんが年度末で移動になるから次の担当の方と挨拶に来ると言っていた。昼過ぎに来た次の担当は若い女性で、半年ほど前に中途で入社したけど前も同じような仕事をしていたそうで落ち着いた印象だった。

「西浜景と言います。今後、お仕事でご一緒させていただきますのでよろしくお願いいたします」

「浅井京子です。こちらこそよろしくお願いいたします」

 西浜さんは丁寧に名刺を差し出し少し硬い笑顔で挨拶をしてくれた。聞けば入社してから外部の人に挨拶に来るのはこれが初めてなのだそうだ。ならなおのこと、こちらも丁寧な対応を心掛ける。

 女3人で雑談しお互いの近況を報告がてら今後の仕事や業界の動向などを話し合う。最初の印象通り西浜さんは落ち着いていてかなりしっかりした意識を持っているようだ。仕事の相手として信頼出来るし頼もしい。

「浅井さんはご結婚されていると伺いましたが」

「ええ。もう20年近くなるかしら。高校生の双子の娘がいます。今は学校に行っているけれど」

「その、失礼かもしれませんが婚姻生活をここまで続けられた秘訣などあったら教えていただけますか?」

 ずいぶん唐突な質問だけど、隠し立てすることでもないので考えてみる。彼女に結婚を考えている相手がいるのかもしれないし。

「そうねえ。あまりちゃんと考えたことはないけれど、相手に感謝と尊敬を忘れないことかしら。ありきたりですけど大切なことだと思います」

「感謝と尊敬ですか」

「そうです。特に子供が小さいうちはそうね。主人に対してこまめにお礼を言ったり、子供たちにお父さんのことを細かく伝えるようにしてましたね。そうすると洗脳かもしれないけど子供も主人に懐くし、懐かれれば主人も家庭を大事にするようになるし、そうすると私も一人の時間が持てるようになるし、いいことづくめよ」

 そういうと西浜さんはわかったような困ったような顔をした。すると移動になる彼女がこそっと「西浜さん、彼氏と別れてうちに入社してきたんですよ」と教えてくれる。なるほど。そのお相手とは結婚も考えていたのかもしれない。

「所詮他人と他人がいきなり一緒になるわけですからね。そんなに簡単じゃないです。でもだからこそ、相手が他人であり尊重しなくちゃいけないことをお互いに認識しておかないとうまくいかないわね」

 私がそう付け加えると西浜さんはまっすぐこちらを見て

「はい、わたしもそう思います」

 と言った。それから少し話して彼女らは帰って行った。彼女にいい人が現れるといいんだけど。なんて思ってしまうのは私がおばちゃんだからだろう。

 

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