129 妻

 三歳になる息子が死んだ。


 何事にも前向きで快活だった妻はひとしきり感情を爆発させた後、まるで昼過ぎの朝顔のようにすっかりと萎れてしまった。顔も冴えず、情緒不安定になった妻。両親も既に他界し妻にとって家族と呼べるものはもう私しかいない。妻は私を頼った。私は妻を懸命に支えた。



 そして二年後、娘が生まれた。


 妻の表情は未だ晴れ切ってはいなかったのだが、二年前に比べれば大分明るさを取り戻していた。娘の成長と共に妻の笑顔が増えていった。このままだと妻は息子の死を乗り越えると私は感じた。



 二年後、娘も死んだ。


 妻の顔は憂いに満ち、もはや活力を取り戻せるだけの気力はないように思えた。妻は以前にも増して私を頼るようになった。『あなたがいないと……』『あなただけが……』妻の口から吐き出される枕詞に毎日耳を傾け抱擁した。妻の拠り所は完全に私となっていた。私の存在によってこそ妻が存在し、生命が繋ぎ止められているのだ。私は妻の全てになったのだ。


 十年近い年月を費やした。遂にだ、遂に。遂に理想の妻が完成したのだ。

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