115 視えた世界

 事故から三ヶ月。


 仕事中誤って高圧電線の端が顔面に触れ、視力を失った俺は遂に今日角膜移植を受けることが出来た。


 難しい手術という事で家族は中々首を縦に振ってはくれなかったが、一日でも早く病院を出たい俺は半ば強引に事を進めた。


 ただ、視力の回復が見込めるのは左目だけらしい。それだけの電圧を顔に受けたという事だ。幸い体は思うように動かせることが出来たので少しでも視力が戻ってくれれば仕事にも復帰できるはずだ。



 手術から一週間。遂に包帯を外す許可が下りた。顔を覆う包帯をシュルシュルと外していく。


 全ての包帯を外し終えた俺はゆっくりと、ゆっくりと目を開いた。


 淡い光の中、ぼんやりと両手が浮かび上がる。


 輪郭はまだはっきりとしないが、見慣れていたはずのそれに思わず涙が頬を伝った。


 徐々に鮮明さを取り戻してく視力。腕に残る幼い頃の傷跡、パリッとした白い入院着、ベッド脇に置かれた真っ赤なリンゴとてらてらと光る果物ナイフ……三ヶ月の間喪失していた感覚が当たり前だったはずの風景を俺の脳に流し込んでいく。


 ふと、外を見る。そよ風を受けた木々がさらさらを新緑を波打たせている。吸い込まれそうな青空。端々に見える巻雲が白い筆を走らせていた。黄色く燃える太陽が眩しい。


 久しぶりに見る世界はあまりにも眩しく、暗闇から這い出した俺をゆっくりと包んでいった。


 俺はベッド脇の引き出しを漁った。スマホを探しているのだ。心配をかけていた彼女に一刻でも早く連絡を取りたかった。そして、一秒でも早く彼女の姿をこの目で見たかった。



 スマホは直ぐに見つかった。電源は落ちており画面は真っ暗だった。充電器も一緒にあった。俺は暗い画面を見つめた。ただただ見つめた。見つめ続けた。充電はしなかった。


 そして、果物ナイフを首に当てた。

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