第48話 濁った瞳
「ごめん。勇人が迷惑を掛けて!」
まるで、自分のことのように星川は申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「星川のせいじゃないのは分かってるから、謝る必要はないって。頭を上げてくれ」
謝る必要のない人間から謝れるとこちらもどう対応していいのか分からず困る。とりあえず、俺は頭を上げるよう星川に頼む。
「でも!私は勇人の彼女だから」
そう言って、頑なに頭を下げる星川。
(彼女だからね…)
彼女だから謝るというのは、別におかしい行為ではない。だが、今目の前にいる星川は必要以上に責任を感じているように俺には見えた。
おそらくだが、親友と競い勝ち取った堺の彼女というポジションに就いた星川は、堺に振られ負けた水瀬にまだ負い目があるのだろう。
そのせいで、こんなにも罪悪感を感じている。
『ごめんなさい、ごめんなさい』
その姿が、病室であの子に向かって泣きながら謝るマネージャーの姿に重なった。
「彼女だとかは今関係ない。星川は水瀬のために怒ってくれたんだろ?それを受けて反省してない堺にしか非がない。星川が責任を感じる必要は全くないから。…って言っても、星川は責任を感じているんだろう?ならさ、手伝ってくれよ。堺が二度と水瀬を傷つけないようにするために」
前世では、自分があの子を事故に遭わせてしまった罪悪感から自分のことに精一杯で、他人に気の利いた言葉を掛けてやれなかった。
アイツらだって辛かったはずなのに。あの時、俺が何か言葉を掛けていればアイツを殴らないで済んだ世界線があったかもしれない。
だが、過去に戻ってやり直すことなんて不可能だから。なら、せめて今目の前にいる彼らが俺達と同じ道を辿らないようにしてやりたい。
それが、俺に出来る唯一のアイツらへの償いだと思うから。
償いという考えが出てくる時点で、俺はまだ変われていないのかもしれない。
だけど、これが俺だから。
変わらないでいいと水瀬が言ってくれたから。
俺は俺なりのやり方で過去を向き合おうと思う。
そうしたら、いつか自分を許せる日が来ると信じてるから。
俺は星川に手を差し出した。
「……君の言う通りね。うん、分かった。さっさと勇人の奴を見つけてキツいお灸を据えてやるわよ」
そんな俺に対して、ニヤリと笑みを浮かべながら星川は俺の手を取った。
◇
星川と別れて校内を探し回ったが堺を見つけることが出来ず、結局俺の試合時間になってしまった。 俺が居なくても試合は始められるので、まだ俺は堺を探そうとしたが星川に「グラウンドに居るかもしれないから」と言われグラウンドにやって来た。
「ミナ、水瀬さんと何処まで行ったんだ?こんだけ遅かったらすること全部やったんだろ!」
堺を探していると、ビブスを着た有馬に見つかってしまい絡まれる。
「お前の頭の中マジでエロ猿だな。特に何もしてねぇよ。遅くなってたのは…まぁ、そうだな。教頭の頭が実はズラでそのズラを生徒から受け取っているのを見るのに夢中で背後から近づいてくるもう一人…「頭殴られてねぇか!?ミナ」の男からズラを被せられ気絶した」
「そのズラにどんな細工仕掛けられてんだよ!」
「まぁ、そんなわけだ」
「いや、騙されねぇけどな」
「チッ、有馬のくせに。大人しく騙されとけよ」
(馬鹿だからいけると思ったんだがな)
「どこまで俺バカだと思われてたんだよ。「有馬試合が始まるぞ!戻ってこい!湊川も」あっ!ヤッベ試合が始まるぞ。ミナ!来い」
また、だる絡みされるかと思ったが加藤が試合が始まると俺たちを呼んだことで会話は終了。
有馬は俺の背中を押して、加藤達の元へ連れて行こうとする。
「はっ、ちょ待てよ!俺はすることが「うるせぇーーー!行こう」うるせぇ!分かった分かった。前半だけだぞ。初戦で飛ばしすぎて疲れてんだよ」
俺にはすることがあると説明しようとしたが、どこかの海賊団の船長みたいなことを有馬に言われ、コイツ絶対引かないなと判断した俺は前半だけ試合に参加することにした。
「加藤。俺達と試合するのどこだっけ?」
ビブスを着ながら、俺は次の試合相手がどこのクラスか忘れていたことを思い出し、加藤に質問する。
「一組だ」
「は?一組次の試合では当たらないはずだろ。何で俺らと試合することになってんだよ」
加藤からトーナメント表では当たるのは決勝戦だったはず。何故そうなったのか理由を尋ねる。
「運営がトーナメント表を間違えてたらしい。まぁ、相手が変わったくらいそんな気にすることないだろ」
そう言って、加藤は話は終わりとばかりにクラスの列に向かった。
「…一組は別なんだよなー」
(一組と言えば星川がいるクラス。つまり…)
加藤の後を追い列に並ぶと対面には俺と星川が探していた人物が目の前にいた。
「やぁ、湊川君さっきぶりだね」
相対する少年の顔は無表情。
それなのに、声は友人と会った時のように弾んでいる。
「さっきの続きをしようか」
小鳥を賭けて。
堺は濁った瞳をこちらに向け、嗤った。
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