第45話 モブの記憶


 あの子と出会ったのは保育園の時だった。


『今日からみんなのお友達になる 〇〇ぜちゃんです。みんな仲良くしてあげてね』



 俺が三歳だった頃に、あの子は俺のいる保育園にやってきた。


『〇〇 〇〇ぜです。よろしくお願いします」


 そう言って、緊張気味に頭を下げるあの子は目を見張るような美少女で俺はその瞬間、恋に落ちていた。

 それが最初で最後の初恋。


 俺は不器用だからさ。その子に素直に遊びたいって言えなくて遠回しに誘ってて、最初はかなり嫌われていたと思う。


『えほん、よめないのか?』


『うん』


『ダッセェー。おれはよめるぞ』


『べつにいいじゃん、もじがよめなくたって』


『いやいや、えみてもそのほんのはなしわかんないじゃん。だから、その…おれがよんでやってもいいぞ』


『いい、かなたくんによんでもらわなくても。せんせーによんでもらうから』


こんな感じで、誘うのが下手くそでさ。毎日から回ってた。


 だけど、なんでだったかな。ある日突然あの子から俺を遊びに誘ってくれたんだ。


『かなたくん、あそぼ』


『しかたねぇーなー』


 突然の出来事に驚いたが、内心嬉しさで小躍りをしながら俺が渋々と言った風を装って誘いを受け入れた。あの時、あの子が笑っていたから、多分親か先生にでも俺が不器用だってことを教えていたかもしれない。


 そこからは簡単で、俺とあの子と親友とで毎日遊ぶようになった。


『おれいちばんー!』


『わたしにばんー!』


『えぇーまたぼくがさいかいー!』


『『じゃあ、あの家に入ったボールとってきて〇〇』』



 公園でサッカーをしたり、誰かの家に集まってゲームをして遊んだり、本当に色々やった。

 小学校の頃は、夏休み毎日誰かの家でお泊まり会をしたり、中学校になったらみんなで親に内緒でキャンプをしたりもした。

 絵に描いたような仲の良い幼馴染みそれが俺達三人の関係だった。

 だが、そんな関係は長くは続くなんてありえない。


 中学の二年のキャンプの時、親友のアイツがテントの中で寝た時にあの子から、相談があると呼び出されたんだ。


『何だよ、話って』


『こんな夜にごめんね奏多。話っていうのはさ相談したいことがあったからなんだよ』


『〇〇には言えない内容ってことか』


『うん』


 この時、俺はまだ親友の誕生日プレゼントの話でもするのかと思っていた。だが、そんな俺の考えはあの子が発した次の言葉によって裏切られた。


『私さ〇〇のことが好きなんだ。だから私と〇〇が付き合うように協力して欲しいの』


『……は?』


『そういう反応されるよね。だけど本当なの。私は〇〇のことが好き。自分勝手だって分かってるだけど協力して欲しいの』


『……』


 この時だな。俺の人生が狂ったのは。この時、俺が協力したくないと言えば、その時あの子に想いを伝えていればあんな結末は迎えなかったのかもしれない。


 だけど、俺は親友のこと優先した。多分だが親友には勝てないと内心思っていたんだと思う。

 親友は運動神経が小学生の途中までは苦手だったが俺とサッカーを始めたことで克服し、あっという間に俺よりも強くなって、顔も良くて、性格も良かった。

 そんな奴に勝てるわけないと心のどこかで言い訳して逃げたんだ。


『分かった』


『本当ありがとう!』


 嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうに笑うあの子の顔を見たら何しても無理だと思って。


 そこからは良くある話だ。

 俺は意図的にあの子と親友が二人っきりになるように動いたり、あの子と作戦を練ったりと色々やった。

 自身の醜い心を殺して。

 誰にもそのことを悟らせないようにして。

 あの子の恋路を手伝った。

 そのおかげで、親友は明らかにあの子のことを女の子として意識するようになっていて二人はもうすぐ付き合うだろう。そんな所まで来ていた時、一人の転校生がやってきたんだ。


『〇〇 〇〇です。隣の中学校から来ました。好きな人は〇〇くんです。よろしくね』


 そいつは俺達が通っていたサッカーチームのマネージャーで、あの子と負けない程の美少女で親友のことが好きで入学当時から飛ばしてきた。

 最初に告白されたことで親友も意識せざるを得なくなって、あの子と親友の恋路に雲がかかる。


『〇〇くーん一緒に帰ろ!』


『今日〇〇私と一緒に帰るの!泥棒猫はあっち行って!』


『二人とも…奏多どうしよう〜』


『…知るかよ。』


 この時からだろうな。俺の中の苛立ちを抑えられなくなったのは。親友の態度に腹が立って、協力しているのにも関わらず、告白をしないあの子にどうしようもなく腹が立って。

 そんな自分に、嫌気が差して俺は三人から離れた。


 だが、親友の幼馴染みの立場にいる俺を恋に全力の少女達が放っておくはずもなく、ある日マネージャーから声を掛けられた。


『奏多君さ、今いい?』


『少しなら』


『ありがと。すぐ終わるよ。あのさ奏多君私の恋を手伝って欲しいの』


『……』


 マネージャーに恋を手伝って欲しいと言われた時は、正直戸惑った。

 ここで手出しをしてしまったらあの子への想いを諦めたことが無意味になりそうで悩んだ。

 だが、その時暗い感情が浮かんだんだ。


(マネージャーとアイツが付き合えば〇〇ぜと付き合えるかもしれない)


 あの子が振られたからって、すぐ諦めるような性格してないって知っていたのに。

 俺は一時の気の迷いでマネージャーに手を貸してしまった。


 修学旅行の日。俺はマネージャーに頼まれていたように遊園地で親友と二人で行動して、途中でトイレに行くといって別れた。


 手を貸したのはそれだけ。でも、この協力があの三人の恋を終わらせるきっかけになった。


 マネージャーが観覧車で親友に告白したのだ。 観覧車の2人っきりの中の告白だったが何故かマネージャーが告白したという噂はすぐに広まり、あの子もそれに対抗するように修学旅行の帰り道で告白した。


 結果はあの子の負け。マネージャーを親友は選んだのだ。


 それを知った時は、俺はどう思ったと思う?手伝ったことの後悔や、後ろめたさなんて綺麗なものじゃなかった。


 俺はこれで、ようやくあの子が俺を見てくれるって思ったんだ。


 最低だよな。でも、俺は真っ先にそれが思い浮かんだんだ。本当に人間として終わってると自分でも思う。


 そんな壊れた状態の俺は帰り道。

 公園で泣いているあの子を見つけた。

 そしてさ、傷心のあの子に付け込むため大丈夫かって声を掛けようとした時、あの子が倒れたんだ。

 慌ててあの子の様子を伺うと地面に大きなシミがあった。ずっとずっと長い時間泣いてたんだ。

 それを見て、俺はようやく自分がクソ野郎だって気づいて、掛ける言葉を変えたんだけど、それがいけなかった。


『あんな奴のことさっさと忘れろよ!』


 あの子のことを心配しているなら、こんな言葉を掛けるべきじゃない。

 でも、混乱していた俺にはあんな言葉しか出なかった。そんなこと無理だと分かっているのに。俺はあの子に最低な言葉を。


『無理だよ!』


『無理でもやれ!でないとお前が壊れちまう』


 自分も出来ないことをあの子に強要した。そうしないとあの子は壊れてしまうと思ったから。


『そんなの分かってるよ!だけど、無理。無理だよ。忘れるわけないよ!恋なんてしたことない奏多かなたには分かるわけないんだから黙ってよ!』


 当然、俺の言葉はあの子の逆鱗に触れ怒らせた。怒鳴られた。だけど、その中にあの子に言われたくない言葉があって俺は自分を抑えられなくなった。


『なんだよ…俺が恋を知らないみたいな口をきくなよ。俺だって恋してんだよ!お前はあいつに夢中で気づいてなかったかもしれないけどなぁ、俺はお前にずっと恋してたんだよ!』


 最悪の告白。こんな場所で言うつもりなんてなかったのに。俺は長年秘めていた想いを感情のままにぶちまけてしまった。


『…えっ?嘘…』


『嘘なんかじゃねぇよ!だから…だから』


『ごめん!』


 今だけは忘れろ。続きの言葉を紡ごうとしたらあの子は酷く後悔しているような表情で、涙を流しながら公園を出た。


 そして、そこでトラックがあの子に突っ込んできて轢かれて……。

 あの子が轢かれたのは全部俺のせいなんだ。


なぁ?本当に最低だろ水瀬。俺は許されるべき人間じゃないんだ。

それでも君は俺の側にいるのか?




「決まってるよ」


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