第43話 血濡れた手

奏視点


「……側にいて」


 手を振り解きこの場を後にしようとした俺の手をそう言って、水瀬は掴んだ。

 何度か抜け出そうと手を動かすが、水瀬は絶対に離さないとばかりに力を込めている。そのため、抜け出すことが出来ず、数秒程経ったところで俺は諦め水瀬の前の段に座る。


「一人になろうとしないでよ。一緒に探そうって言ったのは奏君じゃん」


「……すまん」


(……流石にバレたか)


 水瀬の放ったその一言で俺の真意がバレていたことに驚愕しつつも、あの日水瀬と約束したことを破ろうとしたことに罪悪感を感じ謝る。


「奏君は知っていると思うけど私は弱いんだよ。………一人じゃ何も出来なくて泣き虫で自分勝手。…そんな私がなっちゃんと仲直り出来たのは奏君のおかげ。…奏君がいつだって背中を押してくれたから私は進めたんだよ。

 奏君は私の恩人なの。ううん……私だけじゃないね。なっちゃんも『貴方のおかげで仲直りできたありがとう』って奏君は恩人だって言ってた。だけどね……だからこそね簡単な道を選びたくないの。奏君には出来ない『嫌う』っていう道を。これは奏君が幸せになれる道じゃないし、私が望む道でもないから。私は選ばないし進まない」


 水瀬はそう言うと、俺の横に座り両手で俺の右手を包んだ。


「……俺は水瀬や星川に恩人なんて言われる資格はない。勝手に水瀬とあの子を重ねて、過去の自分が掛けてあげられなかった言葉を、出来なかったことを水瀬にして後悔や罪悪感を消そうとしていた。

 なのに、そうしようと思っていたのに水瀬が前に進むことに嫉妬したり羨んだり、重ねていることに対して自己嫌悪したりしてたんだ。どうしようない最低な奴なんだよ…俺は」


 自分という存在が矛盾で出来ているせいで俺は前に一歩も進めちゃいない。


 そんな俺が前に進んでいる水瀬の邪魔になりたくなくて離れようとしたのに。


 自分がもう嫉妬や罪悪感から解放されたくて最悪の道を行くように仕向けたのに。


 何で水瀬は掴むんだよ?


 俺の手を。


「だとしても私の恩人であることは変わらないよ。そのおかげで私は前に進めてるんだから。奏君がどう思って行動したかなんて関係ない。私だって奏君とゆーくんを重ねて勝手に傷ついたり、自分が苦しい時だけ都合良く頼る自分に嫌気がさしたりする…。

 ほら、少し違いはあるけれど私だって奏君と同じ最低な女だよ。だから、自分が邪魔になるだとかは気にしなくていいんだよ。私達は似たもの同士なんだから。そんなの私は気にしない」


「俺は…俺は……最低な奴なんだ!水瀬に手を取ってもらう資格なんてないんだ。あの日あの子を傷つけて……」


 夕暮れに染まる公園で俺は…泣いているあの子に無神経なことを言い放った。


『あんな奴のことさっさと忘れろよ!』


 そんなこと無理だと分かっているのに、俺はあの子に最低な言葉をかけた。


『無理だよ!』


『無理でもやれ!でないとお前が壊れちまう』


『そんなの分かってるよ!だけど、無理。無理だよ。忘れるわけないよ!恋なんてしたことない奏多かなたには分かるわけないんだから黙ってよ!』


『なんだよ…俺が恋を知らないみたいな口をきくなよ。俺だって恋してんだよ!お前はあいつに夢中で気づいてなかったかもしれないけどなぁ、俺はお前にずっと恋してたんだよ!』


 最悪の告白。こんなシチュエーションで告白したいなんて思ってもいなかった。だけど、恋を知らないなんて言われるのが腹が立って俺は長年秘めていた想いを吐き出した。


『…えっ?嘘…』


 溢れていた涙を止め目を見開き驚愕の表情でこちらを見てくるあの子。


『嘘なんかじゃねぇよ!だから…だから』


『ごめん!』


 思いの丈をぶつけようとしたが、彼女は酷く後悔しているような表情で涙を流しながら、その場から走って逃げ出した。


『ははっ、こんなの振られて当然だよな……』


 あんな告白をしたのだ逃げられるのなんて当然。

 そう思っているのに、割り切っているはずなのに俺の目からは涙が止まらなかった。

 俺の元から離れていくあの子の背を泣きながら見ていると、横からトラックが猛スピードで向かっているのが見えた。


『……危ねぇ!◯◯ぜ!』


 意味なんて無いのに、間に合わないと分かっているのに俺はその場から駆け出し、◯◯ぜに手を伸ばし叫んだ。


キキキッッッーーーー!!!


『…あっ』


ドン!


 トラックにはねられ宙を舞う◯◯ぜの身体。

 それがスローモーションのようにゆっくりと地面に落ちていくのが見えた。

 そのままゆっくりと落ちてくれなんて、叶わない願いを胸の奥で叫びながらも駆ける。

 が、俺の手が届くよりも先にあの子の身体はコンクリートの地面に打ちつけられ、勢いそのままに何回転も転がりやがて止まった。


数秒後。


 乾いたアスファルトの上を鮮血が染め上げる。あの子の頭部を起点に生き物のように、ゆっくりと進み小さな血の海を作っていたっんだ。


『あぁーーーーーーーーー!!◯◯ぜーーーーーーーーーーー!!』


 自分のせいだ。


 俺のせいだ!


 俺があんなこと言わなければ!


 〇〇ぜはあんな目に遭わなかったかもしれない。


 あんなに傷つかなかったかもしれない。


 俺の手は汚れている。


 〇〇ぜを抱き抱えた時に、俺の手は紅く染まってしまった。


 本来、水瀬のような綺麗な人間に触れちゃいけないんだ。


 それなのに……俺は。


「俺は一生このままでいいんだよ!………それが俺ができる唯一の。………あの子への償いなんだ!」


 心のままに言葉を吐き出した俺は無理矢理水瀬の手を振り解き、この場から逃げ出そう。

 すると、今度は水瀬に抱きしめられた。


「奏君の過去に何があったかは私はまだ知らない。けどね、これだけは言わせて。奏君が罪を償えたと思うまで私は側にいるよ。一緒に償うよ。それが私が出来る唯一の恩返しだから」


 そう言って、水瀬は自身が俺の手によって赤く染まることすら厭わず微笑んだ。


「あっあぁ…あ゛ぁぁ゛ぁ゛ーー゛ーーー゛!!」


 巻き込みたくなかった、汚したくなかった、

 そんな後悔と手を差し伸ばしてくれた嬉しさがごちゃ混ぜになって、俺は気付けば涙していた。


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あとがき

大変お待たせしました。

奏君がなぜ罪の意識を感じているのかはもっと後で言う予定でした。

だけど、予想外に奏君の限界が私が思っているよりも早かったみたいです。

小鳥ちゃんの成長に嫉妬し、自身の成長のしなさに焦りを感じ作者である僕ですら知らない内に追い詰められていました。ですがそれを表に出すことは許されない状況だったため溜めていたままだったのですが、小鳥ちゃんがもうゴール直前だと気づいたことと、堺を睨めつけたことで感情のダムにヒビが入り小鳥ちゃんが踏み出さなかったことに怒り、戸惑った結果決壊いたしました。

いやぁ、悩みましたね。この感情の流れを止めてしまって良いのかと?ですが小鳥ちゃんの時点で彼女は僕の予想を上回る成長を見せているのでありなのではと思いこんな形になりました。このストーリーは僕の作った世界でありながらもう僕の手を離れている別世界そう感じさせられました。(二度目やろがい、反省しろ)









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