第41話 お役御免


「…わたし、私あんなこと言いたかったわけじゃないのに…もっと、色んな事考えてたのに…」


「……」


 堺と別れ、水瀬と俺は屋上の入り口の前の階段に辿り着いた。

 二人並んで腰掛けて数分。

 水瀬の嗚咽と後悔の言葉だけが、今この場に存在する唯一の音になっている。

 俺はただ何も言わずに彼女の手を握っていた。


「…ゆーくんに……私のことはいいからって、気にしなくていいからって……伝えようって……あの時間は紛れもない私の大切な思い出だって伝えようって……思ってたのに…素直になっちゃんと幸せになってね……っていつか心の底から言おうと思ってたのに…」


「……」


「何で私。頭に血が上ったとはいえ……あんなことを……」


 一通り吐き出したのか、その後片手で足を包んで膝を自身の元に引き寄せるとそこに顔を埋め、静かに嗚咽を漏らし続ける水瀬。


 本来、水瀬が罪悪感を感じて涙する必要は何一つない。先ほどのやり取りは全て堺のせいと言っても過言ではないのだから。

 だけど、それをそのまま伝えたところできっと水瀬は納得しないだろう。


「『恋わずらいの人は、ある種の病人のように自分自身が医者になる。

 苦悩の原因をなした相手から癒してもらえることはないのだから、結局は、その苦悩の中に薬を見出すのである。』俺から出来ることはもうこれ以上はない。後は水瀬次第だ」


 ぎゅっと水瀬の手を握り紡いだフランスの作家 マルセル・プルースト が残した恋愛の名言を最後のエールとして送る。


 この言葉は恋をした人間は側から見れば、病人でその人の苦しみを取り除くことは、例え意中の相手であろうと取り除くことの出来ない不条理さを訴えたものもので、今の水瀬にピッタリと当てはまる。

 誰かのアドバイスでどうこう出来る段階はもう終わった。


「……頑張れ。水瀬 小鳥  」



 そう言い残して、俺は静かに手を振り解いた。











 


 

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