第35話 三段飛ばしで
「小鳥もナイススパイクだったよ」
その声が聞こえた瞬間、俺の手はピタリと止まった。が、生憎水瀬の方は泣きじゃくっているのか声が届いておらず未だに嗚咽を漏らしている。
そのことに俺は少し安堵したと同時に、何のつもりだと堺に視線を向けると、アイツは気持ちが悪いくらいの良い笑みを浮かべている。
「何のつもりなんだい彼は?」
「振ったとはいえ、幼馴染みだから応援した?」
黒瀬と坂柳も俺同様に、堺の意図が分からず困惑している。
「幼馴染み同士の試合だからやっぱ水瀬も応援しないと不公平だと思ったのか?勇人」
「うん、そうだね。僕にとっては二人とも大事な幼馴染みだから両方応援したいと思って」
隣にいる男子生徒が真意を探るため質問すると堺は至極当たり前のことを言うかのように答えた。
別に客側的に見れば可笑しくはない。
ただ、それは水瀬を振ったという事実が無ければだが。
その男子生徒は初めは当たり前のことのように堺が言うので、「おう、そうだよな」と一時引き下がる。が、その後正気かと疑うような顔に変わっていた。
水瀬と堺の関係について全く知らなかった人も、知っている人達に話を聞き信じられないという表情をしたり、振ったけど関係がそんなに変わっていないのならギリギリ微妙そうな顔をして堺を見つめる。
そんな中、周囲から注目されるのが嫌いなはずの堺は笑顔を崩さずこちらを見ていた。
そのことになんとも言えない不気味さを感じた俺は水瀬をこの体育館から離れさせようと思い、声を掛ける。
「水瀬一旦外に出よう」
「……ううん、出ない。私は今ここで逃げたら一生前に進めない気がするから。ありがとう。湊川君のおかげで元気出た」
が、それは叶わず水瀬はタオルで拭くと、くしゃくしゃの笑顔を浮かべながら、この場に残ってプレイすると宣言した。
そうなることを俺は確かに望んでいた。彼女が立ち直れるように、励ました。ただ、今だけはその行動が裏目に出てしまった。
今の堺は何処かおかしい。
あんな見えすいた地雷がある中、水瀬を送り出しても良いのだろうか?
いや、良くないだろう。
だが、ここで彼女を引き留めるのもまた良くない。
水瀬がようやく大きな一歩を踏み出せそうなのだ。ここで、止めてしまえば次がいつになるのか分からない。
止めたい気持ちと止めたくない気持ちがぶつかり合い、脳内では凄まじい葛藤があったが俺は最終的に止めないことにした。
「……そっかなら良かった。頑張ってこいよ」
俺は内心を気取らせないよう笑顔の仮面を貼り付け、水瀬を見送った。
◇小鳥視点
「奏君をまた困らせちゃったかな?」
ベンチに戻る途中、私は彼から受け取ったタオルで顔の半分を隠しながら先程のことを思い出していた。
私を励ましてくれた彼は私が残ると言った時、何処か硬い笑みを浮かべていた。
彼との付き合いはそんなに長くはないから確証はないけれど、いつもと違うような気がする。
でも、あんな姿を見せた私を送り出すのが不安なのは当たり前か。また、同じようになるんじゃないかって心配になちゃうもんね。少なくとも私ならそうだ。
だけど、彼は私の意思を尊重して心配の言葉を飲み込んで送り出してくれた。
なら、私のすることは彼に大丈夫だよって見せつけること。
やるんだ!私。がんばれ!私。
「小鳥ちゃん大丈夫?」
「無理しなくても良いからね?」
ベンチに戻ると、クラスのみんなが暖かい言葉で向かい入れてくれる。みんなの気遣いを受けて私は心が暖まるのを感じ思わず頬が緩む。
「うん、もう大丈夫!次からスパイクバシバシ決めるから期待してて」
もう大丈夫だと、クラスメイトのみんなに力こぶを作りながら伝える。
「あっ、うん。頑張ってね」
「き、期待してるね小鳥ちゃん」
が、信用されていないのか反応が少し悪かった。
そのことに私はそりゃそうだよね少し凹みつつ、プレイで証明しようと再三気合を入れる。
ベンチに座り、試合に目を向けるとりんちゃんが強烈なサーブを打ち、相手の子が上手くボールを拾えなくて返ってきたボールをりんちゃんが押し込み一点を奪っていた。
点数は二十二対二十一と接戦。
球技大会のバレーは総当たり戦で午前中に終わらせないといけないため、一セット先取と少ない。
そのため、残り数プレイしか時間は残されていない。
私はりんちゃんに試合に早くに出して!と熱い視線を送る。
そんな私にりんちゃんは「分かったよ」と苦笑いを浮かべ、サーブを敢えて遅く打ち、相手ボールにすると全力でプレイしなっちゃんに一点を取られた。
すると、自陣チームポジションチェンジが行われ、私は次に入る予定だった子に変わってもらうように頼みコートに足を踏み入れた。
「ことちゃん本当に大丈夫なの?」
コートに足を踏み入れると、心配そうな顔をして近づいてくるみんな。
本当に信用ないなーと私はまた少し凹んだ。
だけど、本気で心配してくれているのが分かるからそんなに気にしてはいない。
「アリサ心配しなくても大丈夫だよ。小鳥の顔をつきを見たまえ。スポーツもので覚醒した主人公みたいな顔付きをしているよ。だから大丈夫さ」
「本当だ!」
「うん!だからドンドン私にボールを渡して。ビシバシ決めちゃうから!」
りんちゃんからのフォローをもらい、私はみんなに笑顔でボールを頂戴と言う。そこでようやく、みんなも安堵したのか分かったと言ってそれぞれの持ち場に戻ってくれた。
反対側のコートをみるとなっちゃんが私と同じ右後ろにおり視線が交差するが、私は逃げずに見つめ返す。だけど、なっちゃんは何故か視線を逸らした。
(何でだろう?なっちゃんからはさっきまでずっと話しかけたいオーラが有ったのに今は全然ない)
なっちゃんの行動の変化に私は疑問を持ったけど、私は視線を合わせるのが怖くなくなっていることの方が嬉しかった。
だから、その疑問はすぐに頭の隅に追いやられる。
試合が再開し、相手の女の子が放ったアンダーサーブは私の元に飛んできてそれを私はセッターの人がトスしやすいように少し高めに拾う。
その後、私は助走を開始。
斜めに走り敵を困惑させ、横に思いっきり跳躍する。
そこにセッターの子が完璧なトスを上げており、私の目の前にボールが来ている。
そのボールを私は手のひら全体で捉え、今日一のスパイクを放つ。
それはコートのギリギリだったため、判断に迷った女の子はボールを触らず私達に一点が入る。
「やった!」
私は点が取れたことに対する嬉しさから、声を出してガッツポーズを取る。
「ドンマイ、ドンマイ次だよ次。夏美」
コートの外からゆーくんのなっちゃんへの声援が聞こる。胸はやっぱり痛むだけど先程に比べたら、全然痛くない。
私はまだ戦える。
「ナイススパイクことちゃん」
「絶好調だね小鳥」
「コース凄かったね。あれは取れないよ」
「ありがとう!」
私には友達やクラスのみんながいる。
何より彼がいる。
みんなに感謝の言葉を返すと、私は視線を彼に向けピースサインを送る。
「やったよ!奏君」
はしゃぐ私を見て、彼は口元を綻ばせピースサインを返してくれる。
「小鳥とんでもなく良いスパイクだったよ!」
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