第36話 ご褒美
◇小鳥視点
「二十五対二十三で三組の勝ち」
「やったー!」
「流石だよ小鳥」
「「水瀬さーん」」
「きゃっ!?」
審判をしていた女の子が私達のクラスの勝利を告げる。
瞬間、私に前と後ろ左右から抱きついてきた衝撃を感じ多過ぎないかなと少し困惑しつつも、勝利の余韻と大きな壁をいくつも乗り越えた喜びを噛み締める。
胸が苦しくならないわけじゃない。
羨ましいと思わないわけじゃない。
ゆーくんのことを諦め切れたわけじゃない。
でも、少しだけ受け入れることが出来たんだ。
私達の苦しくも輝いていた恋物語はすでに、幕を閉じているのだと。
あの結末は、もう誰にも変えることなど出来ないのだと。
勿論、最初はそれを受け入れることが出来ずに泣きそうになった。
なっちゃんとゆーくんと昔のように接することが出来ないことが苦しくて。
ゆーくんの隣はもう変えられないことが悲しくて。
ここに来るまで覚悟してきたはずなのにその事実を突きつけられ受け入れないことが悔しくて。
だけど、奏君が気付かせてくれたんだ。
褒めてくれたんだ。
私はこの場に来たということはその事実に向き合えている証拠だって。
私が気づいていないだけでそのことを受け入れ始めているぞ。凄いって。
『頑張ったな』
タオル越しにだけど私の頭をそう言って、撫でてくれた彼の手は温かくて心地良くて何より嬉しかった。
泣かないと決めていたのに私は嬉しさから、涙腺が言うことを聞かず決壊してしまった。
そして、溜めていたもの全てを流し切ったことで私は少しだけ受け入れることが出来たんだ。
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
私がみんなから解放されると整列し互いに礼を言い、お互いの健闘を握手をして讃え合う。私は迷わずなっちゃんの元へ向かった。
「なっちゃん!」
「……小鳥」
なっちゃんは私の顔を見ると、嬉しそうでそれでいて申し訳なさそうな顔になる。
(最後に顔を逸らしたことや、今まで声をかけれなかったことを気にしているのかな?)
「今までごめんね。ずっと避けてて」
「ううん、それは私のセリフごめん小鳥。私どう接していいのか分からなくて小鳥のこと避けてた」
「じゃあ、お互い様だね」
なっちゃんが気にしているだろうことは私も同じだからと、両手を掴み笑う。
そこで、ようやくなっちゃんはいつものようにつられて笑った。
「そうね」
「えへへ」
「ふふっ」
こうしていると、私達は昔のように仲の良い親友に戻れているんだなと思う。
それと同時に、胸の痛みが消えないことから完全に戻ることは出来ないんだと再認識した。
それはなっちゃんも同じだと思う。
私からゆーくんを奪ったという罪悪感は決して消えないはず。
でも、だからと言って避けようとはもう思わない。だって、なっちゃんと仲直りできたことがこんなにも嬉しいんだから。
「小鳥強くなったわね」
「なっちゃんほどじゃないよ。私一人じゃここまで早く立ち直れなかった。クラスのみんなやりんちゃんやリサちゃんそして、奏君が居たからこそだよ」
なっちゃんに強くなったと褒められたけど、そんなことないみんなが居たからだ。
苦笑いを浮かべ私は周りを見渡した。
勝利を喜んでいるクラスのみんな。
そして、私の視線に気づいて微笑み返してくれるりんちゃんにリサちゃん。
最後に奏君がいた場所に視線を向けたけど、奏君はその場にはいなかった。
多分私はもう大丈夫だと判断して、サッカーの試合に向かったのだろう。
『試合がもうすぐだから』しょうがないと頭では分かっているけれど、どうせなら最後まで居てくれてもよかったのにと不満で頬を膨らませる。
「ふふっ。そんな顔しないの小鳥。せっかくの可愛いお顔が台無しよ」
「むぅ〜突つかないでよ」
頬をなっちゃんが笑いながらをツンツンと突いてきたことで、頰の空気が抜けそれと一緒に奏君への僅かな不満も無くなっていく。
「それに彼はきちんといるわよ」
「え?」
なっちゃんが突つくのをやめ指差した場所は奏君がいた壁の下。そこには、付箋が貼られた未開封のスポーツドリンクが置かれていた。
なっちゃんは少しだけ視線を動かすと、私の手を引きペットボトルの場所に向かう。
「『お疲れ様。これはご褒美だ』か。小鳥は頑張ったんだからもっと良いもの置いていきなさいよ」
「なっちゃん!」
せっかく、奏君が私のために買ってきてくれたものに失礼なことを言うものだから、語気を強めなっちゃんを叱る。
これは私にとってこれは何物にも変え難い最高のご褒美なのだから。
それを馬鹿にするのは流石のなっちゃんでも許さない。
「冗談よ。冗談。だからそんな目で見ないで!」
「次はないからね」
そう言って、私は奏君からのご褒美を手に取る。
「流石に、二度もこんな酷いことは言わないわよ。私達の恩人に。小鳥。そういえば、次の試合までかなり時間があったわよね?」
なっちゃんは何かを面白いことを思いついたとばかりに笑みを浮かべ、私に次の試合開始時間を尋ねる。
「うん、そうだけど。どうしたの?」
その意図が分からず、私は首を傾げる。
「じゃあ、クラスのみんなを誘って彼の応援に行ったらどう?お礼もかねて」
「うわぁっ!」
そう言って、なっちゃんは繋いでいた手を振り解き、肩に手を置き私の体をクラスのみんなの方に向けると背中を押した。
私は突然の出来事に困惑の声を上げる。
「私は次も試合があるから。私の分も頼んだわよ『貴方のおかげで仲直りできたありがとう』って」
どうせ仲直りしたのなら、なっちゃんの試合を応援しようと思っていたんだけど。そんな風に、頼まれてはいかないわけにはいかない。
「うん、分かった!」
私はそう言ってなっちゃんの方を一度向き頷くと、りんちゃんとリサちゃんの元に向かった。
◇夏美視点
「これでよし!せっかく小鳥にまた春が来そうなんだもの。最大限協力しないとね」
離れていく小鳥の背中を眺めながら、私はそう呟くと体の向きをくるりと変える。
私も、いつまで経っても目を背けるのを止めよう。向き合あって。小鳥に罪を償おう。それが、私がしなけゃいけないこと。
「さて、まずは馬鹿彼氏をどうにかしますか」
私はそう呟くと、こちらに近づいてきているゆうの元へ向かった。
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