第34話 称賛と祝福と狂気


「水瀬!」


「…湊川君」


 俺は彼女が肩を震わせたところで、コートに一番近い場所に移動し彼女の名前を呼んだ。

 水瀬はゆっくりとこちらを向き、泣きそうな表情を浮かべる。すぐさま俺は黒瀬にアイコンタクトを送り、水瀬を他の女子と入れ替えるよう頼む。


 コートを出た水瀬は、依然として俯いたままこちらにやって来て俺はとりあえず頭にタオルを掛けてやる。


「…耐えられなかった」


 そうすると、水瀬は急に力が抜けたかのように座り込み、やがて小さな声で語り始めた。


「……覚悟してたのに……昨日の夜何回も大丈夫って言い聞かせてきたのに…湊川君が見守ってくれてるって分かってたのに……耐えられなかった…情けないね」


 自分なりに覚悟を持って、水瀬は一歩を踏み出そうとしたのだろう。

 言葉の節々から彼女の悔しさと悲しみが感じられる。


「……情けなくなんかねぇよ。星川とは向き合えてたじゃないか。少しだけど進んでる」


「……ううん…向き合えてなんかいないよ。なっちゃんが、私のことを真っ直ぐに見つめてくれたのに。私は一回目で耐えられなかった。

 あの真っ直ぐな輝きは私には眩し過ぎて……さっきまでずっと逸らし続けてたんだ。本当情けないよ」


 水瀬の言葉からは、向き合うとしてくれている相手から逃げてしまった、弱い自分が心底嫌だというのがよく伝わって来た。

 

 「なっちゃんは頑張ってくれているのに。私は全然頑張れてない。こんなのだから……私は選ばれなかったんだよ」


こんな自分は負けて当然だ。そう言って、水瀬は自分で自分の心を傷つけ黙り込んでしまう。


 確かに、今の話だけを聞けば水瀬のことを殆どの人間が情けないと言うだろう。


 けど、実際は違う。水瀬は凄いのだ。

 普通の人なら顔も合わせたくないはずの相手から逃げることなく、向き合うとした。しかも、こんなに短い期間で。簡単に出来ることじゃない。例え、一回で諦めてしまったとしても。それは、立派なことだ。

 

 俺は水瀬の頑張りを讃えるように、優しくタオル越しに撫でる。


「そんなことない。水瀬は情けなくなんかない。頑張ったさ、十二分に。逃げてばかりだった俺に比べれば全然情けなくなんかない。むしろ、カッケェよ。少なとも俺はそう思ったから。頑張ったな。頑張った。水瀬は凄いよ、本当に」



「凄い」



「俺には出来ねぇよ」




 稚拙な賞賛を送りながら、何度も何度も優しく撫でる。


 最初は、何も反応も示さなかった水瀬だが時間が経つにつれ、小さく身体を震わせだし地面に透明な水滴を一つ零す。それは二つ、三つと数を増えていき地面に小さなシミを作っていく。


「うぁぁ……あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁーー。あぁぁぁぁぁーー………」


やがて、水瀬は小さな嗚咽を上げながら泣き始めた。両手で顔を覆って静かに静かに泣いた。


「頑張ったな。水瀬は頑張った」


 けど、俺は撫でる手を止めない。

 水瀬が自分のことを認められるようになるまで。

 それまで、俺は動かし続ける。

 小さく目を細めながら、俺は撫で続けるのだった。

 

 

◇夏美視点


「夏美!ナイススパイク」


 愛しい人の声を聞いて嫌な気持ちになるなんてあり得ないと思っていたけれど、ゆうのこの言葉を聞いて初めて私は嫌な気持ちになった。


(ゆうはこんなことを言う人じゃない!何でそんなこと言うの。小鳥とせっかく話し合えるチャンスなのに何で!?)


 そういう気持ちを込めてゆうに視線を送ると、ゆうは奥歯を強く噛み締めている。

 それを見た瞬間、私は周囲の状況を見てみるとゆうの周りに何人かの男子が、ヒューヒューとゆうの行動を冷やかしていた。

 状況は大体理解した。大方周りの人達に唆されて言わされたのだろう。

 優しいゆうがこんなことをわざと言うはずがないそれは分かっている。

 だからこそ、私はゆうの行動に腹が立った。

 あの表情から小鳥が傷つくことは分かっていながらゆうは言っている。

 私の大好きなゆうはそんなことは絶対にしない。

 女の子が傷つくのを見るのが嫌だから、自分が身を挺して庇う。

 女の子を傷つけることは絶対にしない。

 それが、ゆうだ。

 そんな人だからこそ私は惹かれ恋に落ちたのだ。


(なのに何で?言っちゃったの?)


 今、私はゆうに対する疑念と怒りの気持ちで心が荒れている。

 だけど、今こんな大勢がいる場で心のままに喚き散らし問い詰めることは出来ない。そのことに、歯痒い思いをしながらゆうから視線を逸らし、小鳥を向ける。


 小鳥はコートから出ておりとある男子と話していた。

 何を話しているのか気になった私は聞こえないと分かっていながらも、暫くの間私は小鳥達を見つめる。

 数十秒後、男子が穏やかな表情で何かを言いながら小鳥の頭を撫でた。

 最初は、何の反応もしていなかっかたけれど、小鳥はやがて小さく身体を震わせ始めた。


(小鳥、良い人に巡り合えたんだ)


 その光景を見た瞬間、私はゆうを奪った罪悪感に胸を痛めたと同時に小鳥が素敵な男性と巡り会えたことに安堵感を覚えた。

 親友として、素直に祝福の言葉を投げ掛けれない私はただただ、穏やかな表情で二人の姿を見ていることしか出来ない。


 が、その二人の仲を切り裂くような言葉が後ろから聞こえた。


「小鳥もナイススパイクだったよ」


 私は後ろ振り返り、声の出所を見るとそこには今まで見たことのない表情で笑うゆうがいた。


























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