第28話 バイト初日の終わり

 

「お疲れ様。二人とも今日はもう上がって良いよ」


 夕方のゴールデンタイムを抜けお客さんが殆ど居なくなったところで店長がバイト終了を告げた。


「俺まだ入ってるはずですよ。店長」


 かなり忙しかったため普段より疲労が溜まっている。

 といっても、まだまだ働けそうなので店長にまだいけますよと伝える。

 が、店長は何も言わずに首を振った後、外を指差し水瀬に視線を向けた。


「今はまだ暗いからね。女の子一人に帰らせるのは危ないだろう」


「なるほど」


「私は一人でも帰れますよ」


 水瀬は子供じゃないんですからと、頰を膨らませながら店長に訴える。


「普段ならそうかもだけど、小鳥ちゃん初バイトで休憩ありとはいえ七時間も働いてるんだよ?慣れないことを長時間やるのは案外疲れる。疲労から注意力散漫になって交通事故に遭ったりするかもしれないし、万が一不審者にあった時足がもつれてなんて笑えないからね。今日くらいは送られてくれよ。あっ、もしかして奏君に家の場所教えるのが嫌なのかな?」


「湊川君は私の家が何処にあるかはもう知ってるので、そこは気にしてません。私はただ、湊川君に迷惑をかけたくないだけで」


「だ、そうだけど奏君は小鳥ちゃん送ってくの迷惑かい?」


 どうなんだいという表情でこちらを見てくる店長と申し訳なさそうに見てくる水瀬。

 ここで俺がどう答えても最終的には店長によって送っていくと分かりきっているので、肩をすくめて素直な心情を吐露した。


「全然そんなことはないです。むしろ早く帰れてラッキーくらいに思ってますよ」


「なら何の問題もないね。さっ、上がった上がった」


「ちょっ!?」


 店長は強引に俺達の肩を押し控室に無理矢理入れ、パタンとドアを閉めた。


「何であそこでオーケーしちゃうかな〜湊川君は、私が一人で帰れないほど疲れているように見えた?」


 二人っきりになってすぐ水瀬はいかにも不機嫌ですとばかりに、頰を膨らませこちらを睨んでくる。

 しかし、その姿に威圧感などなくただただ可愛いだけなので俺は自然と頬を緩ませた。


「悪い悪い、早く帰りたくってな。つい」


「もう、そんなじゃまともな大人にならないよ」


「そうかもな。じゃあ、そういうわけだからまた後でな」


俺はそう言って逃げるように更衣室の中に入った。


「……ホント優しいな湊川君は。……ッツ!はぁ……本当に私は諦めきれていないんだなぁ」


 控室で一人になった小鳥は小さく呟き、自虐の笑みを浮かべた。




「お待たせ」


 壁に体を預けスマホを弄っていると、更衣室のドアが開き私服姿の水瀬が出てきた。


「早かったな」


「湊川君待たせたら悪いと思って急いだからね」


「俺のことなんか全然気にしなくても良かったのに」


「流石に送ってもらう相手を待たせるほど、私は図太くないからそれは無理だよ」


「水瀬らしいな。よし、帰るか。お疲れ様でした。先失礼します」


 壁に寄り掛かるのをやめ、控室のドアを少し開け店長に帰りの挨拶をする。


「お疲れ様でした。先失礼します」


「気をつけて帰ってね〜」


 水瀬も俺に倣い頭を下げ挨拶をし、店長は初々しいなぁと笑みを浮かべ手を軽く振る。

 店長が手を振るのを止めたのを見て、ドアを閉め俺達は裏口へ出た。


「さっむ」


「寒い」


 扉を開けた瞬間、襲いかかってきた冷気に俺達は思わず身体を縮こまらせる。


「今の時間でこれなら本来の時間に帰ったらもっとやばかったな。水瀬に感謝だ」


「どういたしまして?でいいのかな」


「いいんだよ。お礼に温かい飲み物買ってやりたいくらいだ」


「じゃあ、ミルクティーが飲みたいな」


 水瀬はそう言って、俺の前に一歩出て意地悪気に笑う。


「図太いな!」


 つられて、俺も笑いながら彼女の後を追うように足を動かした。


「アハハ」


 無邪気に笑う水瀬の表情に、影が落ちていたことに俺は気づかないフリをして。












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