第27話 戸惑い
「奏君。暇だから僕は少し休憩に入ってくるよ。小鳥ちゃんのこと頼んだよ」
昼過ぎ、店長がそう言って控室に入っていきカウンターに俺と水瀬だけの二人になる。
「分かりました。っても水瀬の飲み込みが早いから教えることないんだよな。どうしようか?」
水瀬は働き始めこそたどたどしさこそあったものの、二時間も経てばそんなものは無かったかのように消えお客さんと談笑をするくらいになっていた。
ドリンクを出すタイミングと下げるタイミングも一度教えれば完璧に覚えて、お客さんの会話の邪魔にならない絶妙なタイミングで会話に入り込んでいる。
正直、ここまで早く仕事に慣れると思っていなかったので、ホール以外の仕事は全部終わらせていたので何もすることがない。
強いて言うなら、先ほど帰った最後のお客さん達が使ったカップや皿を洗うくらいだ。
「洗い物私がやろうか?」
水瀬もそのことに気づいているのか、カウンター越しに聞いてきた。
「いや、良いよ。使ってる洗剤結構強いから水瀬の手が荒れたら大変だし洗うのは俺がやる。水瀬は俺が洗ったの拭いてくれ」
「了解であります」
水瀬は敬礼をした後、キッチンに回り俺の隣に並ぶ。
「水瀬がこっち側にいるの何か違和感が凄いな」
「えぇ、何で?二回しかお客さんとして来たことないのに」
水瀬のバイト制服姿にまだ慣れていない俺は、洗い物をしながら思ったことを口にする。
「その二回がどれも印象強すぎんだよ。後、何かこの先ずっと水瀬はここに相談をしに来るんだろうなって、気がしてたのもある」
「確かに、私もまたああやって相談に乗ってもらうんだろうなと思ってた」
俺が渡した皿を拭きながら、水瀬は苦笑いを浮かべ同意する。
「でも、そう思ってたのに不思議だよね。私はここで働いてみたいとも思ってたんだ」
「そりゃ何で?」
夢だからってのはあるだろうが、それ以外にもあるような気がして俺は聞き返した。
「……湊川君と同じ視点に立ってみたいって考えてたからだよ。そうしたら、何か変わるんじゃないかなって」
返ってきた答えは想像の範囲内だったので、俺は驚くことなく洗い物を続ける。
「同じ立場に立った感想は?」
「一日で劇的に変わるわけないよね」
「そりゃそうだ」
最後の一枚を洗い終わり、水瀬に渡して互いに微苦笑する。
「この後何したらいいのかな?」
皿を拭き棚にしまった水瀬は、店内を見渡し俺に指示を仰ぐ。
「カトラリーの予備準備するか。一応中身は出す時に見てると思うから、何がいるかは分かると思うけど教えるわ」
「確かナイフとフォーク、スプーンにお手拭き。後ナプキンだったよね」
「正解。じゃあそれぞれ何個ずつか覚えてるか?」
「えっと、全部四個ずつだった気がする」
俺の問いに、顎下を人差し指で軽く叩きながら記憶を辿り答える水瀬。
「惜しいな。スプーンとフォーク、お手拭きはそれで良いんだが、うちはナイフは二本。ナプキンは八枚だ」
「へぇ〜そうなんだ。ナイフが二本なのは意味があるの?」
俺も以前、店長に聞いた質問を水瀬が俺にしてくる。
「特にないぞ。強いていうならうちのメニューにナイフを使って食べる料理が少ないから使われない可能性の方が高いから洗い物増やしたくないからだな」
メニューにナイフを使うのが少ないと説明された後、『少ない人数で店を回すのだから無駄な労力を減らすことが重要』店長が最後締めくくっていたのを思い出す。
けど、そんな店長の話を思い出して、は店長がただ
「そう言われると確かに少ないね。パンケーキくらいしかぱっと浮かばないや」
「俺もそれくらいしか思い浮かばないな。てなわけで、とりあえず全席分頼むわ。俺は瓶のジュースが裏に届いてるはずだからそれ取ってくる」
「分かったよ」
(慣れないな本当)
店を出た俺は瓶ケースを持ち上げ、ほぅと白い息を吐き視線を街中へ向ける。
いつもと変わらない景色。だけど、それが今は少しだけ違って見える。それが何故なのか俺はまだ分からない。
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あとがき
最後の部分は湊川 奏の視点です。
追記
この作品に初めてコメント付きレビューを頂きました。感謝です。その方に向けてなのですが他サイトであげていたものとこちらは一緒のものです。他サイトに投稿していたのは力試しみたいな感じだったのである程度の実力が測れたところで取り下げました。まだまだあの魔境で戦うには僕の力は足りなかったようです。無断転載とかではないので気にしないでください。
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