第26話 制服

 

 ピンポーン。


 我が家の朝には縁遠いチャイムの音が家の中を響き渡る。


「奏ー!小鳥ちゃんよー」


「分かってる。じゃあ行ってくるわ」


 リビングのコタツに入って待機していた俺は、母が声を出すよりも前にチャイムに反応して荷物を持って立ち上がり、玄関に向かっていた。


 靴を履き軽く忘れ物がないかをチェックし、扉を開ける。すると、目の前には絶世の美少女水瀬がこちらに向かって小さく手を振っていた。


(一生こういう光景とは無縁だと思ってたんだけどな)


 今までの自分では絶対に見ることがない光景に脳が追いつかず、夢を見ているのではないかと錯覚する。

 夢を見ているかのような謎の浮遊感に包まれながらも、俺は手を振りかえし水瀬の元へ向かう。


「おはよう。水瀬」


「おはよう。湊川君」


「履歴書はちゃんと書けたか?」


「うん、多分大丈夫だと思う。スマホ使って調べながら書いたから」


「なら、大丈夫だな。俺あそこの面接受ける時もスマホで調べたのを参考にしながら書いたし」


 朝の挨拶交わした後、俺達は横に並び談笑をしながら目的地へと向かう。


「そうなんだ。でも、私が何かミスしてるかも知れないからさ、後で一度確認してもらってもいいかな?」


「そんなことしなくても大丈夫だと思うけどな。採用ほぼ決まってるようなもんだし、多少ミスしてても」


「そうかもだけど、やっぱり他の人に見てもらって安心したいといいますか」


「分かったよ。店に入る前にどっかで確認する」


「ありがとう。そういえば昨日も言いそびれちゃったけど湊川君のお母さんにもお礼を言わないと。わざわざ遠回りして家まで送ってもらってから。さっきインターホン越しに言おうとしたんだけど、気にしなくて良いって言われて」


 困ったなぁと眉を下げる水瀬。

 何故、このようなことになってるかというと、昨日バイトの話が終わり、暫くしたあと母さんが俺を迎えにやってきた。

 その際に、傘を貸して欲しいと水瀬が言ったのだが、「それをするくらいなら送ってあげる」と母さんが申し出た結果、水瀬を我が家の車で送ったのだ。

別れの際に母さんが俺の黒歴史を語り始めそうになったので口を塞ぎ逃げるように帰ったため、水瀬は感謝のメッセージを送りはしたが直接礼を言えていない。

 そのことを水瀬は気にしているようだ。


「母さんがそう言ってたなら、もう気にするなよ。普通あそこで傘を持っていない息子の知り合いを置いていく頭のいかれた母親はいねぇから。もし、うちの母さんがそうだとしたら俺は車に乗らずに一緒にずぶ濡れになって帰る」


「ふふっ、湊川君らしいね。でも、またお会いする機会があったらお礼を言わせてね」


「会う機会はもうないと思うけどな」


 なんとも言えない表情で俺がそう答えたのには理由があり、お互い住んでいる場所が近いとはいえ湊川家は水瀬が住んでいる地域に足を向けることは殆どないからだ。

 その証拠に、今まで俺は水瀬と学校の通学以外で会ったことがない。俺は学生だからまだ会う機会があるが母さんは社会人。俺達が通学する道を通らないため、会うとなると極めて困難だろう。


「じゃあ、今度菓子折り持って湊川君の家行こうかな。今日で場所は分かったし」


「それは本当にやめてくれ」


 そうなったら、絶対に面倒なことになると分かっているので俺は強く否定しておいた。





 店の裏口についた俺達は履歴書に不備がないかを確認した後、店の中に入った。


「おはよう。奏君と……えっとごめん誰だっけ?顔は知ってるんだけど奏君が聞いても名前教えてくれないから分からないんだ」


 すると、店長がすぐ気づきこちらを歓迎しようとしたが、水瀬の名前を知らないため困った笑みを浮かべる。


「水瀬 小鳥と言います。本日はお願いします」


 水瀬は少し緊張しているのかそう言って深めのお辞儀をした。


「小鳥ちゃんか。良い名前だね。じゃあ、小鳥ちゃん早速だけど面接に入ろうか。って言っても形だけだからあまり肩肘張らなくていいよ。気になることがあったらドンドン聞いてもらって構わないから。

 じゃあ、あそこのテーブル席でやろう。奏君はその間ゴミ捨てと買い出しをお願い。買うものはメッセージに送っておいたから」


 店長は水瀬の緊張和らげるために柔らかく微笑み、いくつか書類を持ってテーブルを指差しそこに向かう。


「分かりました。水瀬また後でな」


「う、うん。また後で」


 普段は買い出しは俺に頼むなんてことはしないのだが、個人情報を扱うため少しの時間俺を店外に出ていて欲しいのだろう。

 視線を店の掛け時計に向ける、俺はその意図を正確に読み取り、水瀬に応援の言葉を送り店から出た。



 二十分後


 店長から『もう戻ってきて良いよ』とメッセージが送られてきた。

 俺はジュースと小麦粉などの、調味料がパンパンに詰まった袋を両手に持ち重い足取りで店に戻る。


『裏口回るの大変だろうから、入り口から入って良いよ』と言われたので、お言葉に甘え入り口から入ると


「いらっしゃいませ。……えへへ、どう?似合ってるかな?」


 普段は下ろしている髪をポニーテールにし、バイトの制服に身を包んだ水瀬が少し恥ずかしそうにしながら出迎えてくれた。

 絶世の美少女からのお出迎え。

 あまりの破壊力にの凄まじさに俺は、これは客足がもっと増えるだろうなと確信した。





















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