第25話 バイト
何の脈絡もなく水瀬の言い放った予想外の言葉。その意図が掴めず俺は困惑する。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「バイトをしてみようかなと思って。家に居たらどうしても色んなことを考えちゃうから」
水瀬はそう言って、視線を合わせ湊川君も分かるでしょと訴えてくる。
当然、俺もそれは体験済み。水瀬が今どれだけ辛いのかがよく分かる。
「成る程、そういうことか。多分まだ募集してるはずだ、この間店長がもう一人バイトが欲しいなぁとかぼやいてたから」
一昨日くらいは珍しく客足が向き、平日なのにも関わらず忙しかった。
しかも、来てくれたのは新規のお客さんばかりだった。そのことに疑問を持った俺は、会計の際にどういった経緯でこの店に?と聞いてみると、店長がリンスタとトゥイッターに挙げているラテアートがたまたまバズったらしく、それを見て試しに来てみようかなと思ったかららしい。
去り際にコーヒーや紅茶、ケーキの味、店の雰囲気が気に入ったから、また来ると多くのお客さんが言っていた。
それを店長に伝えると大層喜んだ。が、すぐにこのまま客足が伸びると、俺ともう一人のバイトだけだとキツくなると気づいた店長は、どうしたものかと嘆いていた。
「本当!?なら良かった。私ああいうお洒落なカフェで働くのが夢だったんだ」
余程カフェで働いてみたいと思っていたのだろう。俺が募集していると言った瞬間、水瀬は笑みを溢れさせ目をキラキラとさせる。
「それは良かった。じゃあ、とりあえず店長に面接のセッティングを頼むから都合の良い日を教えてくれ」
「えっと、明日明後日は両方暇だからその内のどれかにしてもらえると助かるかな」
「りょーかい」
気の抜けた返事を返しながら、スマホを操作し『人材確保しました。すぐにでも働きたいそうなので明日か明後日に面接をお願いしたいとのことです』とメッセージを店長を送る。
すると、すぐに『おぉ、それは有難い。明日の朝10時に来てって伝えてもらって良いかな?実は今日もかなり忙しかったから』と返事が返ってきた。『後、服のサイズ聞いて良いかな?うちにその子に合う制服があるか分からないからさ』『持ってくるものは履歴書と印鑑、通帳ね』と怒涛の連続メッセージが届きいかに、今日が忙しかったかが伺えた。
「明日の朝10時に履歴書と印鑑と通帳を持ってきてくれってさ。相当忙しかったんだろうな」
「分かった用意しとくね」
「後、服のサイズを教えてくれってさ。店にある制服じゃ合わない可能性があるから」
「湊川君のところの制服って確かシャツだったよね?」
水瀬は自分のある部分を一瞥した後、こちらにシャツかどうかを聞いてきた。
その視線誘導はかなり効くのでやめて欲しいんだが、と心中で苦言を呈しつつ俺は平静を装って答えた。
「……そうだな。白のシャツに黒のズボンに腰巻きタイプのエプロン。女の人はズボンがスカートだ」
「……そっか、だったら少し大きめのサイズのXLのシャツとMサイズのスカートがあるか聞いてもらってもいいかな。………みんなにはこのこと言わないでね。太ってるって思われるから」
「わ、分かった」
水瀬の体型は女子なら誰もが羨むものだが、当の本人はそう思っていないのだろう。少し恥ずかしそうに胸を隠しながら涙目でお願いしてくる。
美少女+上目違い+涙目+服を押し上げる二つの大きな山=やばい。
何度かクラスの女子に雑用を押し付けられる時やられたことがあるが、それは故意でやっていると分かっていたから何とも思わなかった。
が、水瀬は無自覚でやってきている分破壊力が桁違いで高い。心臓の鼓動が速まり頰に熱が集まる。
それを誤魔化すように、俺は顔を背け店長に服のサイズを無言で送ると、またすぐに返信が返ってききた。
内容は、両方丁度あったそうなので明日から早速働けないか聞いてくれというもの。
面接する意味!と内心ツッコミを入れながら、『分かりました』と返信しておく。
何で女性のXLサイズのシャツがあるのかは気になったが、恐らくだがもう一人のバイトのあの人が見栄を張って頼んでおいたやつなんだろうなと察した。
(先輩が水瀬見たら色んな意味で発狂しそうだな。冗談抜きで)
もう少し先の未来で、確実に起こるであろうことが容易想像出来て思わず、苦笑してしまった。
そのおかげで、顔の熱が引いた俺は水瀬の方に向き直る。
「あったらしいぞサイズの合う服。水瀬明日そのまま初出勤出来るか?ってさ。無理なら全然断って良いから」
「ううん。問題ないよ。早く働きたくて私今しょうがないから」
本当に働けるのが楽しみでしょうがないのか、水瀬は全然気にしている様子は無かった。
「あっ、でも一つだけ我儘があるんだけど良いかな?明日湊川君も一緒に出勤して欲しいんだ。流石にいきなり店長さん二人で回せって言われても無理だし、何話して良いか分からないから」
「そういうことなら大丈夫だ。土日基本朝から俺入ってるし、多分店長も俺の知り合いだから一緒の方がいいだろうって配慮して、あの時間に指定したはずだ」
流石にあまり関わりのない男の人と二人っきりは不安だったのか、俺が居ると分かると水瀬は安堵の息を零した。
「じゃあ、明日からよろしくお願いします。先輩」
「厳しくいくから覚悟しろよ。後輩」
先輩後輩呼びの違和感が凄く、俺達はぷっと同時に吐き出し笑い声を上げた。
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