第21話 友人の有り難み


 水瀬の相談に乗り協力関係になった冬休み明け初日から数日が過ぎた金曜日。

 現在、現代文の問題を他の生徒よりも早く解き終えた俺は机に頬杖をつきながらがら窓の外を眺め、時間が過ぎるのをぼっーと待っていた。


「湊川君、もう終わったのかしら?」


 他の生徒はまだ下を向いて問題と格闘中の中、俺だけペンも持たずに窓の外を眺めていたからか、現代文のおばちゃん先生が声を掛けてきた。


「はい」


 窓の外から視線を外し、俺は先生の方を向き素直にそう答える。

 すると、先生は俺の問題用紙に目を通し始める。


「本当ね。じゃあ暇にならないように次の授業でやる問題を渡しておくわね」


 目を通し終えた先生は、手に持っていた新たなプリントを俺に渡し教卓に戻って行った。


(これも簡単だな)


 シャーペンを片手でクルクルと回しながら、問題に目を通す。

 前世の記憶を得たおかげで学力が大幅に上がった俺は貰ったプリントの問題文を先に見てから、文章に目を通していき問題の答えを以前の俺では考えられないほどの速度で解答欄を埋めていく。

 あの子を失ってから、俺は現実逃避をするため机に向きあった。そのおかげか、有名な国立大学に入学した俺の学力は高く、高校生の授業で取り扱う問題など簡単である。

 そのため、記憶を取り戻すまでは問題が解けなくて授業が苦痛だったのが、今は逆に暇過ぎて昔のことを思い出してしまう苦痛の時間に変化した。

 ふと、水瀬の方に視線を向けると彼女は問題用紙と未だ睨めっこをしており、過去のことを思い出す余裕は無さそうだ。羨ましい。


(贅沢なこと考えてるな)


 学力が上がったのだから、これくらいのことは許容すべきだということは頭の隅では分かっている。 

 が、人間というのは面倒な生き物で、そんなことお構いなしに不満が次々に湧いてくる。

 最後の回答欄を埋めたところで、ペン置き時計を見て誰にも聞こえない程度の溜息を吐き、先程と同じように頬杖をつき窓の外を見る。


 時間にして僅か十分で問題を解いた俺は残り四十分をどうやって潰そうか考えている時、トントンと机を小さく叩く音が聞こえた。


「どうした、黒瀬」


 頬杖をついた状態で視線だけを横に向けると、そこには黒髪美人の黒瀬が微笑んでいた。


「問題を解き終わって暇になってね。窓の外を見ているくらいだから君も解き終えたんだろう?答え合わせをしないかい」


「構わないぞ。じゃあ一番からのうむ、そんたく、らいこう」


 特に断る理由もないので、俺はその提案に乗り黒瀬と答え合わせを始めた。


「……最後の問題は君はそういう答えになったのか。確かにこっちの方が主人公の気持ちを捉えれている気がする。写させてもらって構わないかい?」


「合ってるかは分からんぞ」


 プリントを黒瀬に渡す。


「ありがとう。助かるよ」


 彼女はプリントを礼を言い受け取ると、机に向き合い俺のプリントを写し始めた。


「そうだ。礼繋がりで思い出したんだけど、小鳥のことで礼を言おうと思っていたんだ」


 ペンを置き、黒瀬は思い出したと言わんばかりに顔をあげた。


「私もアリサも恋愛方面に関しては全くの素人でね。小鳥に気の利いた言葉をかけることが出来なくて、心苦しく思っていたんだ。だけど、君に相談しに行った次の日から小鳥は少しだけ前を向いていたような気がしたんだ。勿論、最初は気の所為かと思ったけど、ここ数日明らかに影のある笑みが減ったのを見て確信したよ。だから、ありがとう。力になれなかった私たちの代わりに、あの子の力になってくれて。本当に感謝しているよ」


 途中、自分の力不足を思い出し顔を顰めながらも黒瀬は俺に感謝の言葉を伝えてきた。


「力になれなかったなんてことはないと思うぞ」


「慰めはよしてくれよ。私達じゃ小鳥の苦しみを和らげることすら出来なかったのだから」


「そんなことはないさ。最近水瀬と夜メッセージで会話するんだが、黒瀬と坂柳が居なかったら学校に来れてなかったとか、黒瀬達と居ると落ち着くとか、言ってたぞ。ほれ」


 そう言って、俺は机の中に入れていたスマホのトーク画面を表示し黒瀬に手渡した。


「……本当だ。ふふっ、小鳥普段こんな風に私達に思ってくれていたのか。何だか気恥ずかしいね。私はこんな立派な人間じゃないのに、過大評価し過ぎだよ小鳥は」


 小鳥のメッセージを読みながら、黒瀬は頬を赤く染め照れた。


「そんなことないだろ。水瀬は黒瀬達と一緒にいる時楽しそうだし、弱音を吐ける人がいるってのは水瀬にとってかなり助けになったと思う」


 溜め込んだものを吐き出す場があると言うのは、本当に素晴らしいことだと思う。

 普通に生活をしていても不満は、溜まっていくものだ。

 それらを吐き出す場が無ければ人はすぐにダメになると俺は考えている。

 あの子を失い、茫然自失していた俺を友人達は気を遣いただ黙っているだけだったが、よく話を聞いてくれた。あれが無ければ、俺は本当に壊れていたと今もつくづく思わされる。


「そうだろうか?」


 黒瀬は自信が持てないのか、俺に疑問の眼差しを向けてくる。


「そうだ」


 それを俺、は真っ正面から見つめ返し断言した。


「そうか、ありがとう。湊川君のおかげで少し自分に自信が持てた気がするよ」


「それは良かった」


 三度目の礼に、俺は少し照れながらもスマホを受け取ろうとしたが、俺の手は空をきりスマホは俺の頭上に逃げて行った。


「いくら退屈だからってスマホを弄っちゃダメでしょう」


 俺のスマホを持った先生は呆れたような目で注意する。


「「す、すいません」」


 弁明したかったが、授業中にすることではなかったと思い俺、と黒瀬は顔を赤く染めながら先生に謝るのだった。







































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