第20話 小さな違和感

 

「落ち着いたか?」


「う、うん。何とかね」


水瀬の元に戻った俺はピッチャーを机の上に置きながら彼女の様子を伺った。

 声を掛けられたタイミングでようやく俺が近くにいることに気づいたのか、水瀬は少し頰を紅く染めながら驚いた表情を浮かべる。


「そうか、なら良かった」


「湊川君のおかげだよ。本当にありがとう」


「どういたしまして。って言っても最後の方は俺の願望が混ざってたから礼を言われるのは何か罪悪感が湧くな」


「そんなこと感じなくても良いのに。湊川君の言葉に自分の願望は入ってたかもしれないけれど、私のことを心配して、勇気づけようっていう気持ちも確かにあったんだからそんなに卑屈的にならなくてもいいと思う」


 心の底からそう思っているのだろう。そう言って水瀬は真っ直ぐ俺を見つめ笑った。


「そうか?」


「そうだよ」


「なら、気にしないことにしとく」


「うん、それがいいよ。絶対」


 俺が素直に受け入れたことが嬉しかったのか、水瀬は柔らかく微笑む。

 その笑みは、あまりにも魅力的で流石ヒロインと感心しながらも俺は水瀬に見惚れていた。


「ん?どうしたの湊川君。急にボーッとしちゃって」


「…水瀬が帰ったら店長と二人きりになって面倒くさいな〜って考えてただけ」


 俺は何とか口から関係のない話題を捻り出し、見惚れていたことを隠す。


「それはゴメン。私が相談したから」


 水瀬は自分のせいで俺が店長に男女の関係で弄られると察したのだろう。整った眉を下げ、申し訳なさそうな表情で謝って来た。


「いや、そういう意味じゃなくて毒見役的な意味だから水瀬のせいじゃない。我が身可愛さに店長の興味を逸らした俺の責任だから」


 確かにそれも面倒だが、俺が面倒だと称したのは別のことだ。


「毒見?って何飲まされるの」


「めっちゃくちゃ苦いコーヒー。砂糖も何もいれずに飲まされるからマジで地獄」


「うへぇ、わたし甘党だからコーヒーに砂糖なしって時点で無理だ」


「俺もコーヒーはミルクか砂糖ないと飲めないタイプだから本当勘弁してほしい」


 数ヶ月前、店長が真紀さんに対してキレたことがありその時、ロブスタとかいう店の中にある中で一番苦いコーヒー豆をベースに最強のコーヒーを作ることになった。

 俺も最初は最強のコーヒーというワードに惹かれて調整に付き合った。が、それがいけなかった。

 俺はコーヒーが飲めないということは伝えていたが、そっちの人の方が舌が敏感なため最強のコーヒーを作るのに必要だと言われ、時給アップを交換条件に毒見役をすることになった。

 その日、無事俺は舌が死んだ。

 さっき、俺は店長から弄られるのを回避するため真紀さんにヘイトを向けてしまった。だから、また同じことをさせられるのではないかと思い、溜息を漏らす。


「意外だね。湊川君コーヒー飲めそうなのに」


「人は見た目で判断しちゃいけないぞ。あのカロリーを全く気にしてなさそうな有馬が、カロリー制限をしてるんだからな」


「ええっ!?有馬君カロリー制限してるの?あんなに細いのに。絶対する必要性ないよ」


「年末に餅食い過ぎて、かなり太ったのがきっかけらしいぞ」


「あぁ、それは確かに分かる。私もほんの少し増えちゃったもん。でもお腹周りとか腕とか顔がふっくらしたわけじゃないからいいかなって思っちゃて、始められないな〜」


 水瀬はどこに行っちゃたんだろうねぇ〜と不思議そうに首を傾げる。

 今、首を傾げただげで少し揺れたある部分に集まってるんだろうなと思ったが、セクハラになるので口には出さなかった。


 流石ヒロイン、多くの女性の人が羨ましがる体質をしてらっしゃる。


(そう言えばあの子も水瀬と同じ体質だったな。『食べる度胸がキツくなって大変。伸びるなら他のところが伸びてほしい』とかよく愚痴ってた気がする)


 そのことを思い出し時、水瀬とあの子は似ている箇所が多いことに気づいた。


「……偶然だよな?」


 あの子と水瀬の境遇が似ているから興味を惹かれたのだから不思議なことではない。が、これは偶然だ。

 頭ではそう理解しているのだが、俺はそれを偶然だと片付けることが何故か出来なかった。




『……駄目!〇〇』





















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