第19話 小さな鼓動
「あのさ、水瀬」
「何かな?」
「そろそろ放していいか?」
「………ふぇ?っ!?ご、ごめん!」
水瀬が俺の手をとって数分後。
頭が少し冷めた俺はとある視線を感じ、そちらに目だけを向けると店長がこちらを見ているのに気づいた。
その瞬間、とてつもない羞恥心が俺を襲うも手を無理矢理振り払うわけにもいかず、水瀬に手を放していいかと聞いたというわけだ。
彼女は一瞬何か分からず呆けていたがすぐに意味を察し、顔を赤く染めながら慌てて手を放した。
「ごめんね、湊川君。私が気付くのが遅くって」
「いや、俺の方こそごめん」
互いに顔を赤く染め俯く。
「…初めて、ゆーくん以外の男の子と手を繋いじゃった」
水瀬は自身がとった行動を振り返るように小声で呟いた。
おそらく、無意識に呟いた彼女の言葉はもう一度先程の状況を思い出させ羞恥心をさらに刺激し、顔をより熱くさせた。
水瀬に顔を今見られたくなかったので、俺は「お冷新しいの持ってくるな」と言って、ピッチャーを持ってキッチンに逃げ込んだ。
このカフェはテーブル席が半個室になっているため、内部にいくつか壁がありキッチンからもどのテーブル席からも見えない位置がある。俺はそこで大きく深呼吸をする。
深呼吸を何度も繰り返した後、顔の熱がある程度引いたので、キッチンに戻りピッチャーに水を入れる。そのタイミングで、案の定店長ニヤニヤしながら俺の側にやって来た。
「奏くん青春してるねぇ〜。いや、今風に言うならアオハルかい?とにかくあんな可愛い子となんて羨ましいぞ」
「あれはそんなんじゃないですからね!純粋に元気づけるためやったことです。下心とか全然ないですから!」
「ヘェ〜。でもさ柔らかくてスベスベしてるなぁ〜とか、こんなに女の子の手って小さいんだとか、思ったでしょ?」
「……ちょっとだけ思いましたよ」
店長に図星を突かれた俺はどう言っても最終的に言わされそうだったので、大人しくこのタイミングで答えた。
だって、仕方ないだろ。あんなこと言われたら誰だって意識するに決まっている。
「ハハッ、素直でよろしい。まぁ、仕方ないよ。思春期の男の子だもんそれくらいは誰だって考える。まぁ、僕くらいの歳になるとそれ以上のことを考えちゃうけどね」
「流石三〇過ぎて未だ彼女が居たことのない人の言うことは一味違いますね」
「グハッ!な、なんでそれを知ってるのかな?」
「常連の真紀さんが言ってましたよ。『樺地はあの歳で彼女も居たことのない童貞ヘタレ野郎だ』って」
「真紀のやつ……余計なことを言いやがって。今度来たら覚悟してろよ。店に置いてある中で最高に苦い豆を使ったコーヒーをご馳走してやるからな」
(真紀さん、彼女が出来る気配は無いですけどそろそろ動かないと店長壊れますよ)
横目で店長のゲス顔を見ながら、樺地ことうちの店長の幼馴染みであり好意を長年抱いている真紀さんに向け、早く好意をぶつけてあげてくださいと切に願った。
「程々しといた方がいいですよ。何て言われるか分からないですから」
それだけ店長に告げると、ピッチャーに水を入れ終えた俺は水瀬の元へ戻るのだった。
◇水瀬視点
湊川君が新しいお冷を入れにキッチンへ向かった後、私は未だ手に残る彼の熱を感じていた。
ゆーくんとお父さん以外で初めて触れた異性の手。それは、ゆーくんの手とは全く違うものだった。手の大きさ、温度、皮膚の感触まで何もかも別物。
ゆーくんは柔らかくて手が小さいからどちらかと言えば女の子よりの手だけど、湊川君のはゴツゴツとした大きな手で、男の人って感じがしてお父さんに似ていると思った。
そう感じたのはたぶん、彼があんなにも真摯に私に向き合ってくれたからだと思う。
私の為に自分の辛い過去を振り返って、私と同じように傷を負いながらも、笑い差し伸べてくれた彼の頼もしい手。
だからだろうか?この手に残っている熱は私に安心感を与えてくれる。相談する前まで感じていた不安、恐怖、自己嫌悪、そういったものを徐々に溶かしていく。
トクン、トクン。
彼の熱に包まれながら鼓動する私の心臓が、いつもより少しだけ早かったことに私が気付くのはもう少し後のことになる。
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