第18話 今は無理だとしても



 俺の話が終わって数分の間店内は静寂に包まれていた。その際に手持ち無沙汰だった俺は自分用に出したお冷をチビチビと口をつけて水瀬の様子を伺っていた。

 彼女の表情は俯いていてよく見えない。

 でも、啜り泣く音は聞こえなくなっていたので少しは落ち着いたのだと思う。

 手に持っていたカップを持ち上げ、口をつけ下げる。それを数回繰り返した後、カップをテーブルの上に置き手を離し顔をようやく上げた。

 その顔は、涙で泣き腫らした赤い痕がくっきりと残っており、彼女の雪のように白い肌と相まって余計に目立つ。

 せっかくの美人さんが台無しだと思っていると、水瀬と目が合う。

 その目はまだ俺の話を聞いてなお不安に揺れており、何か気になっているようにも見える。

 そう感じたタイミングで水瀬は俺に質問を投げかけた。


「………湊川君はさ。誰かをまた好きになれる?」


「誰かをまた好きになれるか…ね……」


 俺は水瀬の質問を聞いて、これまた難しい問題がきたなと思い困ったような笑みを浮かべる。

 こればっかりは何とも言えない。痛みにすぐ慣れ前を向くやつもいれば、一生をかけても慣れることは出来ず前に進めないやつもいる。

 俺はその後者だ。

 女の子に好意を向けられる。向けようとするとあの子のことがフラッシュバックしてしまい、そこで足がすくんで止まってしまう。


『…ごめんね〇〇』


 また、あの子と同じような目に合わせてしまうかもしれないそう思ったらどうしても。


「俺は……まだ、誰かを好きになることはできていない。臆病だから。また傷つくのが怖いんだ。それに、どうしても俺はあの子と他の人を無意識に比較してしまう。『この人はあの子より一緒にいて楽しくない』とか『あの子は俺の内心を察して何々してくれたのに何でこの人はしてくれないんだろう』とかな。あの子は俺の理想だった。

 可愛くて、頭が良くて、運動ができて、誰にでも優しくて、でもたまに抜けているところがあって、そこがまた可愛いくて。本当はそんな完璧な女の子じゃなかったかもしれない。

 だけど、俺にはとってはそうだったんだ。そんな子を好きになったったからさ、理想がとんでもなく高いんだと思う。だから俺は未だあの子以外に異性としての好意を抱いたことはない」


「そう………なんだ」


「だけど、それは俺が胸の痛みを超えてでも付き合いたい、彼女にしたいと思えるような女性に出会わなかったからだ。恋愛は自由だ。誰かに好意を抱く抱かない。その想いを告げる、告げない。それは人それぞれ。

 だから、俺の今が水瀬の未来の姿ということはあり得ない。今は水瀬は誰かを好きになることは無理だと思う。俺もそうだから。

 だけど、いつかもっともっと堺以上に、俺の場合はあの子以上に、好きな人と出会えるかもしれない。最近そう思えるようになったんだ。

 今、水瀬は一人で寂しいんだと思う。それは俺も同じだ。水瀬と同じように止まっている。怖くて不安で前に進めない。

 だからさ。お願いだ。水瀬、力を貸してくれ。未だに何も出来ずにいる俺のために。一緒に、この胸の痛みを乗り越えた先にあるものを見ようぜ」


 一人は辛い。いくら答えを求めても正解なんて出てはこない。光なんて一生見えない。

 だけど、二人なら、答えは出ないかもしれないけれど一人よりもより良い道を見つけることができる。

 そうすれば、いつかはこの暗闇を抜け出すための光が見つかるかもしれない。


 これは俺の本心だ。今もこの苦しさから逃れたいと必死にもがいている。あの子の元に足を何度運んで謝ろうとこの傷は癒えなかった。

 それどころか深くなるばかりだ。だって、憎しみの言葉すらあの子は紡いではくれないのだから。

 ただ、あの無機質な部屋で眠るだけ。それだけだった。

 あっちの世界では変わることは出来なかったが、こっちの世界ならと最低な俺は少しだけ期待している。

 きちんと、あの子との出来事に向き合って乗り越えられるんじゃないかって。


「……本当に私でいいの?」


 震えた声で水瀬が問いかけてくる。


「あぁ、水瀬がいい」


「…沢山迷惑かけちゃうよ?」


「それは俺も同じだ」


「どれだけ時間が掛かるか分からないよ?」


「もう何年もこのままなんだ。時間なんて気にするかよ」


 俺は自虐めいた笑みを浮かべながら答える。

 が、目の前にいる彼女は俯いたままだ。

 この一歩を踏み出すのが怖いのだろう。俺も怖いから分かる。だけど、この提案をしたのは自分だ。なら、最初に動くべきなのは誰なのか決まっているだろ?


「一緒に探そうぜ。ハッピーエンドを」


 そう言って、俺は水瀬に手を差し出した。


「…よろしく。湊川君」


 彼女はしばらくの間悩んだ後、そう言って俺の手を取った。



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あとがき

どうでしょうか?

自分としては上手く纏まったのではないかと考えています。今回の話で湊川君がこちらの世界に来たことによって少しずつ変化しているということを匂わせる風にしてみました。何年ももがいた彼が何も変化していないのは不自然だなぁと思ったことが発端です。何より前世を思い出して変化が起こらないという方がおかしな話ですからね笑。

コメントの方で意見を頂けると嬉しいです。今回はかなり頑張ったので出来れば優し目で。

元の十八話とその後の意見募集は下書きに戻させてもらいました。その方が読みやすいと思うので。沢山の意見、温かい言葉本当にありがとうございました。本当に感謝しています。

これからも引き続き頑張っていこうと思うので応援の方をお願いします。



















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