第17話 忘れられないもの


 「忘れることなんかできるかよ」


 水瀬の独白を聞いて俺が最初に呟いたのはそんな言葉だった。それは彼女に向けたものだが、同時に自分にも向けたものでもある。


「毎日、毎日胸を焦がれるような気持ちの中相手のことを想いその先を想像する日々。どんなに言葉で、態度で伝えたくても一歩踏み出せなくて。自己嫌悪に陥ることもある。けど、逆に勇気を振り絞って起こした行動で喜ばれたり、嬉しそうにされればとつてもない幸福感に包まれることもある。そんなことを毎日考える濃い日々を長い間過ごしてたんだ。忘れられるわけないだろう」


 そう言って、俺は胸に痛みを感じながらもあの日々を思い出す。


 放課後の教室でたわいもない話をしていたあの日々を。


 二人で馬鹿してずぶ濡れになって笑い合ったあの日を。


 テストで勝負し一喜一憂したあの楽しい日を。


 あの子があいつと仲良く話しているのを見て、苛立ったあの日を。


 悲しそうに笑うあの子の表情に胸を痛めたあの日を。


 最後にごめんねと、泣いて謝るあの子の顔を。


 忘れることなんか一生できやしない。


 あの日々は自分の中に一生残る思い出だ。

 どんなに歳を取ろうとも、あの楽しくも苦しかったあの日々は紛れもなく輝いていたのだから。


 想う時間が長ければ長いほど、それを忘れるなんてことは出来やしない。


 今もなお、俺の心の中にはいつだってあの子と過ごした日々は熱を発し続けている。


 鉄のように簡単に冷めることは絶対にあり得ない。


「そりゃあ振り返るたびにさ、悲しくなったり苦しくなったりもちろんする。

 だけどさ、俺は思うんだ。この痛みがあるから、自分の気持ちは嘘偽りのないものなんだなって。

痛みが深ければ深いほど自分はあの日々を必死に生きてたんだってさ」


「………わたしは……みなとがわくん……みたいにはなれないよ……」


 涙を零し眩しそうに俺を見つめる水瀬。そんな彼女に対し、俺は苦笑いを浮かべた。


「そりゃ、そうだろ。俺がこう思えるようになったのは本当につい最近のことだ。それまでは、いつだってあの日々を思い出して潰れそうになってた。夢に何度も振られた光景を思い出して、涙を流すことなんか酷い時は毎日あった。でもさ、その度に楽しかったことも思い出すんだよ。だから、潰れることなんかない」


 恋とは決して癒えない傷であり、自分を支える大きな支柱にもなる。

 それが失恋で終わったとしても。

 時間がかなり経ってようやく、俺はそう思えるようになった。


「今はひたすらに苦しいだろう。辛いだろう。妬ましいだろう。でも、それは水瀬が堺のことを本気で好きだったからこその痛み。その痛みと同等なくらいに楽しかった思い出が沢山あるからなんだ」


「…………」


「それらを全部忘れるなんてことは出来ないんだよ」


 この話を聞いて彼女は何を考えているだろうか?

 感動しているだろうか?

 それとも、絶望しているだろうか?

 そんなことは俺に理解できるはずもない。

 だって、この胸のいたみは自分自身にだって把握することは不可能なのだから。

 けれど、この言葉の意味を彼女がいつか理解できる日が来ると俺は信じている。


 そして、願わくば彼女が自身の新たなハッピーエンドを見つけれるますように。

と、想いを込めながら俺は微笑んだ。


(あの子が踏み出せなかった一歩を、水瀬には踏み出して欲しい)



 こう思ってしまうのはきっと、自分がまだあの子のことを忘れられていないからなのだろう。






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あとがき

好きな子のことを考えていたあの日々は絶対に色褪せない宝物。



















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