第9話 負けヒロインは初詣に何を願う4

 断片的な記憶がフラッシュバックした俺はいつの間にか涙を溢していた。


「湊川君…大丈夫?」


 その声を聞くだけで、胸が締め付けられるように熱い。

 この感じは何なんだろうか?

 分からない。けど、この涙は悲しみから来たものではなく、嬉しくて流れた涙だとなんとなく思った。


「…悪い、ちょっと嫌なこと思い出した」


 そう言って俺は、溢れている涙を服の袖で乱雑に拭う。

 それでも、涙は止まらず留めなく流れ続けているため服の袖は重くなっていく。止めようと思うのだが、この涙は自分の意志とは関係ないのか奏の制止を振り切りしばらく流れ続けた。


 涙が枯れてしまうまで、どれくらい時間がかかっただろう?よく分からないが、そんなに長くはなかった気がする。

 俺は大量の水分で重くなった腕を下ろし、そっぽを向く。


 (気まずい)


 泣き止んでから、最初に思ったのはこれだった。

 突然、頭を押さえて苦しみ出した後に泣き出したのだ。普通ならドン引きも良いところだろう。羞恥心と申し訳なさが全身を駆け巡り、また顔に熱が集まるのを感じた。


 (恥ずかしいし、本当水瀬に申し訳ない。周りの人視線が集めてしまった。謝りたい。でも、話しかけるのはなんか不味い気がする)


 と、思っていたタイミングで頰に温かい物が当てられ、ビクッ!と反応した後、頬を抑え思わず距離をとった。


「ふふっ、案外可愛い反応するんだね」


 視線を向けると、そこにはペットボトルを二本持っておかしそうに笑う水瀬が居た。


「…ほっとけ」


「拗ねないでよ。ほら、お茶あげるから機嫌治して?」


 水瀬はそう言って、持っていた片手に持っていたお茶をくれた。


「ありがとな」


 お茶を受け取りながら、少しぶっきらぼうに礼を言う。


「これで、クリスマスの日のことはチャラね」


「値段釣り合ってないけど」


「そこは気にしちゃ駄目だよ」


「それもそうだな」


 そうして、俺達は互いに顔を見合わせ笑う。


「なんて言うか、似てるな俺達」


「人前で泣くっていう情けないところだけどね」


 苦笑いを浮かべる水瀬。


「まぁ、でもさ。…そのおかげで水瀬と話すようになった訳だし案外悪くないかもな」


「そうだね、私もあの時湊川君と出会えて良かったと思う。あの時、湊川君に出会わなかったら今こうしていられない自信がある」


「役に立てたようなら良かった」


 あの時の、水瀬は本当に世界から消えてしまいそうだと思うくらい弱っていた。そんな水瀬の役に立てて良かったと思う。


「あ、あのさ」


「ん?」


 少しだけ不安そうで、強張った顔の水瀬は少し視線彷徨わせた後、やがて意を決したようで真っ直ぐ俺の顔を見てこう言った。


「湊川君。今度さ私の話を聞いてくれる?聞いててつまらないと思うけどあの日私に何があったのか、湊川君に知って欲しいんだ」


 俺は突然の話にどうしたらいいか分からず迷った。

 けれど、彼女の不安に揺れている目を見てしまえばどう答えるかなんて決まっているようなものだ。


「分かった。聞くよ」


「……ありがとう。湊川君」


 ほっ、と安心したのか水瀬は白い息を吐いた後、お礼を言ってきた。


「今日それを言うべきなのは俺なんだけどな」


 水瀬からお礼を言われて、むず痒くなり俺はおちゃらけた。

 今日助けられたのはどう考えても俺だ。彼女が何も触れずにいてくれたから、俺達はこの距離感を壊さずにいられた。

 だから、お礼を言うのはどう考えても俺の方である。


「それでもだよ。あっ…進み始めたね」


 話している間に、長い間動きがなかった行列がようやく進み出し、俺達も歩みを進める。


「水瀬はさ、今年どんなことを願うんだ?」


 ふと、気になったので水瀬に質問した。


「今年は良いことが沢山ありますようにかな?」


「それ、良いな。俺もそれにするわ」


「なら、二人でお願いするから効果二倍だね」


「そうなったらいいな」


「なるよ、きっと」


 また、俺たちは顔を見合わせ笑い合う。

 それでいて、二人とも確信していた。

 絶対に今年は良い年になると。








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あとがき

お久しぶりの更新。

次回からは舞台が変わります。




















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