第5話旅立ち

「さあ、行きますよ、貴女は馬車の中に入っていなさい」


「いや、ここ、ここ、ここ」


 昨日拾った幼女に、私が馬車の中に入るように指図すると、激しく抵抗する。

 その怯える瞳と私の脚に縋りつく態度から、捨てられるのを激しく恐れているのが分かったので、仕方なく一緒に御者台に乗せることにした。


 垢と泥と汗にまみれた身体は、優しくお湯で拭いて清潔にした。

 雑巾以下の葛布は、今日殺した盗賊の服に代わっている。

 そう、今日も襲ってきた盗賊団を皆殺しにして服を奪った。

 不潔で汚い事は同じだが、幼女の着ているズタズタの葛布よりはましだし、重ね着させれば温かくはできる。


 それでも、できれば次の村か都市で古着は買いたかった。

 だから普段は捨てて行くか、次の村か都市で回収を依頼する、盗賊団の財貨を回収している。


 本当は幼女を捨てて行くのが一番面倒ごとから回避できる。

 この世界の常識は弱肉強食で、役に立たない捨て子を保護する事などありえない。

 それは教会も同じで、この世界には教会が行う孤児院など全くない。

 宗教家だ神父だと偉そうな事を言っているが、全員私利私欲の塊だ。

 神の教えを利用して、権力や財貨を手に入れようとする屑ばかりだ。

 私もその常識に染まったと思ったのだが、不完全な良心が残ってたようだ。


「仕方ないわね、じゃあもっと温かくしなければいけないし、お尻が痛くならないようにクッション代わりの服も敷かないといけないわね」


 口ではぶつくさと言ってしまったが、慕ってくれる幼女は可愛い。

 これでも、前世でレディースの頭を張っていた頃は、後輩を可愛がっていたのだ。

 弱い者苛めはしなかった、と思う。

 とても幼子の身体とは思えない、痩せ細った身体がもこもこになるまで、殺した盗賊の服を重ね着させて、風邪をひかさないようにする。


「くふ、うふ、うまちゃん、こそばい、うふ」


 幼女が軍馬に舐められて、嬉しそうに笑っている。

 たった一日で、いや、一晩で四頭の軍馬と幼女は仲良しになった。

 私の服のどこかを掴み、捨てられないように必死にしがみつく幼女を、四頭の軍馬が舐めまくって安心させてくれた。

 それでなければ、幼女を抱きながら盗賊団と戦わなければいけなかっただろう。


 だが、幼女を出会って困ったことがある。

 それは、この国の民を見捨てるかどうかの決断だ。

 聖女の私がこの国を逃げ出したら、わずかに残っていた守護神との絆が切れる。

 そうなれば、恐ろしい天罰がこの国を襲うことになる。

 山が火を噴き、地震が頻発し、大雨が襲い、洪水で河川が氾濫するだろう。


 幼女に出会いまでは、それはこの国の民の行いの所為で、しかたがないと思っていたが、何の罪もない幼子まで巻き込まれるのを自覚したら、流石に良心が痛む。

 だからといって、この国のために死んでやる義理などはない。

 国境に辿り着くまでに、自分が本当はどうしたいと思っているのか、よく考えて、後悔しないようにしよう。


 

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