第222話 溢れ出る怒り
にわかにには信じられない言葉だ。ヤンの身柄は目の前のウェルズの元にある。そんな事があり得るのか。いや、そんなはずはない。彼は今街へと戻っているはず。私はその姿を見届けた。
「馬鹿な事言うのね。そんなはずないじゃない」
「本当ですよ」
「そんな犯罪を起こして得なんてないじゃない」
「言ったでしょう。私は貴方の近衛騎士になりたいと」
そんな事を言うためにリスクを背負うものなのかと理解が及ばない。
「ハッタリね。そんな事ありえないわよ」
「そう言われると思っていました。だからこれをお持ちしました」
席の下から取り出したのは見覚えのある黒い鞄。ヤンの持っていた鞄だ。
「もちろん彼本人の物です間違いありません」
にこやかにそう告げるウェルズは道化師の様に見えた。今この状況を目の前の男は楽しんでいる。それが表情から滲み出ている。
「証拠がないわね。ただの同じものを揃えただけでしょう」
「そう思いますよね。なのでこれをどうぞ。年季の入っているものですね」
次に取り出したのは剣だ。黒い鞘に入った細身の剣。確かにヤンの持っている剣だ。
忘れない、ヤンとアルが一緒に戦った時に見たその剣。
「信じて頂けましたか?」
完全に勝ち誇った顔は私を見下していた。
この状況はウェルズが優勢になりつつあった。完全に信じてはいないけど……ヤンの身を心配する気持ちが出てくる。
「そこまでして私の近衛騎士になりたいの?」
「えぇ、本気ですよ。もちろん他の人はいらない、私だけが貴方の近衛騎士になるのです」
「意味がわからないわ」
明確な理由が分からない。なんでフランソワなのか。まるでゲームと同じペアになるように仕組まれてでもいるのか、理解が追いつかない。
「貴方にはそれだけの魅力がある。それだけですよ」
「そんなものないと思うけど」
「貴方は気付いていないだけですよ。それに近衛騎士たるものは力が必要です。少なくとも彼女は近衛騎士には力不足だ」
「だからってあんな酷い勝ち方する必要なかったじゃない!!」
ウェルズに掴みかかっていた。広くはない馬車の中で私の腕はウェルズの襟元を掴んで揺らしていた。
馬の引く揺れとは違う揺れが籠を揺らした。
「諦めなかった彼女に対しての敬意です。何も問題はありません」
「女の子なのよ!」
右手でウェルズの頬を叩いた。乾いた音が響いた。
私の右手の掌に熱を感じる。それとかすかな痛みも。
でもウェルズは微動だにしない。ただこちらに視線を送るだけで、痛がりもしない。
「分かっていますよ。それでも試合になれば話は別です。それに彼女自身が性別による区別をされたくなかった節がありましたが」
確かに言っていた。でも私の心情としてはそれよりも彼女の痛々しい姿を思い出すと目の前のウェルズを許せなかった。
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