第220話 最悪な誘い

 私は今最悪の状況にいる。

 揺れる馬車のお世辞にも広くはない空間の中で同じ空気を吸いたくもない相手と時間と場所を共有させられている。

 一秒でも早くここから離れたい。でも、それが出来ない。

 いつも隣にいるホリナもいない。馬車を運転しているのはいつものアレンでもない。

 そして、今私の目の前にいるのはウェルズだ。




 「さようなら」の挨拶が飛びかっているのは校門となる場所。登下校組にはそれぞれがいつも登下校している家の馬車が迎えに来ている。

 私も帰宅のためにいつも早めに着けてくれているアレンとホリナの乗ってきている馬車を探す。

 だけどいつもいる場所にはいない。


「どうしたんだろ。何か遅れてるのかしら」


 別に文句ではない。ただの感想。いつもが早く来ているものだから私は少し心配になる。その気持ちを紛らわすために自然と口にでた。

 遅れているなら一度校内へ戻ろうかと悩んでいる時に声をかけられた。


「フランソワ様、見つけるのが遅くなりました」


 その姿に思わず驚いた。その言葉の主はウェルズだ。何故こんな所にいるのか。どうして私に声を掛けてきたのか。まずはその事が頭によぎる。


「どうして貴方がここにいるのよ。私は貴方と話したくもない」


 ウェルズのやったことは今でも忘れてない。試合だからとか関係ない。この男はユリとマルズ君にした行為はやりすぎだ。そんな男とは会いたくもなかった。


「これは嫌われてしまいましたね」

「当たり前じゃない。よく私の前に出てきたわね。神経を疑うわ」


 私の言葉に不敵な笑みを浮かべて笑った。


「私もう帰るの。邪魔しないで」

「存じています。だから迎えにきました」


 言っている意味が分からなかった。何故この男が私を迎えにくるのか。


「私は家の馬車で帰るの。さよなら」

「ホリナさんには話をつけておりますよ。だから今日はいないでしょう」

「ホリナが貴方の話を聞くわけないじゃない。彼女は私を大事にしてくれているのに」


 ホリナが迎えの役を譲るとは到底思えなかった。彼女は仕事熱心でこんな男がいきなりホリナと話して彼女が私をこの男に任せるなんて想像できない。


「貴方何をしたのよ」


 睨みつけて、いつもより声は低く、威嚇するように質問をぶつけた。


「本当に、なにも。ただ、私は貴方のご両親ともご挨拶させて頂く家柄であると説明させて頂いただけですので。嘘偽りはありません」


 それでホリナが納得するのか、甚だ疑問でしかない。


「嘘だと思われるのであれば、馬車で送り届けた後に私を煮るなり、焼くなりお好きになさって下さいください。なんでしたら私も一緒にお付きの方の元へ行きましょう」


 その自信に満ちた顔はうさんくさいけど、ここまで言うなら本当なのかもしれない。家柄同士の付き合いをホリナとしては優先したのかも知れない。


「嘘だったら腹を切ってもらうから覚悟しなさい」

「腹を切ると言うのは初めて聞きましたが、それでいいのであれば是非」


 そして私はウェルズの用意した馬車へと、嫌々ながらに乗る羽目になった。

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