第213話 正体不明の襲撃者

 二つの敷地を分ける壁を潜って自分のいるべき敷地へと戻ってきた。壁は決して厚いものじゃない。

 それなのにどこかいつも以上に目の前にそりたつ壁が高く、厚く見えた。

 お昼休みが終わるまではもう少し時間はあるけど教室で一人考え事をしたかった。今は友人の声より一人の時間が欲しい気分になった。

 そう思って校舎に歩き出すと自然な風とは違った音が聞こえた。人為的に風を切る音、その音がした方向を見るとその正体が分かった。


「な、なによ!?」


 そこには人がいた。ローブを深く被っていて顔は見えない。どこか小柄で、木の上に立てるくらいにはバランス感覚が良いらしい。

 次の瞬間そのまま真下へと降りてきた。手には小さくはあるが刃物が光っていた。


「誰かしらないけど止まって。それ以上近づいたら叫ぶわよ」


 この世界に防犯ベルなんてものはない。むしろ鳴らしてもこの状況だと人が来るまで時間がかかる。むしろ周りに人がいるかすら怪しい。

 もちろんこの場に護身用の武器なんてものはない。

 警告も虚しく距離は縮まっていく。校舎までの道のりは塞がれている、だから私は壁に向かって走った。逃げ道はそこしかなかった。


「いや! 来ないで!」


 目的も正体もわからない襲撃者は魂胆が見えない分私から思考の余裕すら奪っていた。

 何かを警戒しているのか私までは中々追いついてこない。不気味だ。だけど、その時間はありがたい。

 声は聞こえていたはずだ。博打だけど彼なら私の声に応えてくれるはず。


「お嬢!」


 声は届いていた。壁の穴を今度はヤンが潜って来てくれた。

 私と襲撃者の間に割って入ってそのまま襲撃者へ向かっていく。丸腰でも臆さずに。

 凶器はヤンに向かって振られたけど届かない。

 凶器を持つ腕を止め、そのまますかさずに足払いをかけた。ただ今度はヤンの攻撃が届かない。ジャンプして空中へ逃げた。しかもその場で飛ぶんじゃなくてバックステップで距離を取った。

 ヤンは足元にあった石を手に取って投げた。直線の軌道を描きながら飛んでいく石は素早い、当たれば痛い事は見ればわかった。

 襲撃者はそれを避けて今度はあっちが石を投げた。ヤンよりは遅いけどそれでも武器としては十分だ。なぜならその矛先は私だったから。


「きゃっ!」

「こんにゃろ」


 ヤンが石の軌道よりも先に私を抱くようにして地面へと逃してくれた。

 ヤンの舌打ちが耳元で聞こえる。


「あいつ逃げたわ、ヤン」


 ヤンの身体越しに襲撃者が木の上に逃げている姿が見えた。その身のこなしは軽い、単純に木に登るじゃなくて、木に駆けて登っていた。ほとんど手も使わずに、走って登って、太い枝に手をかけてまたその勢いで登っていた。そして別の木へと逃走していた。まるで猿のようだ。


「ありがとう……ヤン」

「怪我はねぇか。良かった」

「うん、大丈夫。ヤンは?」

「身体は大丈夫なんだけどな」


 どこか歯切りの悪そうな答え。どうしたんだろうか。


「状況は最悪だな」


 ヤンの視線は学院の校舎側から走って来ていた教師と生徒が数人に向けられていた。

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