第209話 ウェルズの挑発
「ユリ!!」
勝負の終わりが告げられる前に私は倒れ込んだユリへと駆け出していた。
素人の私が見ても分かる。今の攻防でユリの負けだ。
「大丈夫!?」
彼女を抱き上げて声をかけてみても返事はない。反応もない。ただ静かに呼吸だけはしていた。
「俺が医務室まで連れて行く、こっちに」
ヤンも駆け寄って来てくれてユリを担ぎ上げてくれた。意識のない人間の重みは予想よりもはるかに大きかったからありがたい申し出だった。
「私も一緒に行く、片側から私が肩を貸すからそっちお願い」
ヤンと片方ずつから担いで医務室のある校舎の方へと向かおうとすると私達の周りに教師らしき人物がやってきた。
教師陣二人は「自分達が連れて行く」と言ったから私達はユリを預けた。多分私達が担いで行くよりも教師陣の方が早いと判断したから。
そして連れて行く前に試合の終了と解散だけ言い残して医務室へと向かっていった。
残されたのは参加者と周りの生徒たちだけになった。
「やりすぎてしまった事を謝りますよ」
そう言ってきたのはウェルズだった。
背後からの声に振り向くと頭を下げた姿でそこに居た。
「手加減できる程の実力差がなかったもので」
表情が見えないから真意は分からない。だけど、私の勘が言っている、これは本意じゃないって。
「だからってやり過ぎよ! 相手は女の子なのよ。それなのに」
「それは違いますよ」
「何がよ」
ウェルズは頭を上げた。そこにある表情は冷たい無表情だった。
「彼女は近衛騎士なのでしょう。なら貴方を守ることになった時に相手は女性だからって手は抜きませんよ」
「そんなの実戦でしょ! これはあくまで訓練の一環の試合じゃない」
「試合とは本番を見据えて行うものです。あの子では貴方を守りきれていませんでしたね」
どこか話が合わない。歯車があっていない。私の言葉がウェルズまで届いていない様に感じる。
「お嬢、やめとけ。あいつの言う事も間違いじゃねぇ。言い合いするだけ立場が悪くなる」
「ヤン……貴方も……」
ヤンにまで私の言葉はズレて聞こえていたらしい。この場に私の味方は居なかった。
「あんたもそこまでだ。それと言っといてやるよ、実戦だったとしても俺たちはお嬢を守れてるぜ」
ウェルズは何も言わない。ただ、その言葉を聞いて笑いを堪えている様に見えた。
「お嬢の近衛騎士はここにも居るし、まだ他にも居るからな」
「ほう。それは興味深いですね。一度手合わせして見たいですね……。本当に守りきれているのか」
挑発……ウェルズはヤンと戦える勝負の場に引き摺り出そうとしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます