第208話 それでも私は

 不気味さを覚えたものの私のやる事は変わらない。攻めないと勝てない。しかし、その思惑は裏切られた。先に相手が攻めて来た。

 槍の距離でリーチを活かした戦い方。相手が攻めて来ている分こちらから距離を詰められない、防戦一方だった。

 薙ぎ払いと突きを組み合わせた変幻自在の攻撃。ただ紙一重でそれを避けて、防いだ。

 幸い目で反応できた、後は感覚で武器を盾にして防ぐ。そして反撃のチャンスを探っていた。

 

「くっ……」


 一瞬の出来事だった。私の集中が途切れた。その瞬間にさっきよりも早い突きが襲って来た。

 しかも一撃だけじゃない、初撃は顔面に、二撃目は左肩、三撃目は左太もも、四撃目は右太もも、五撃目は右肩に。初撃をギリギリで避け、二撃目は軌道を逸らして防いだ。ただ、三撃目からは全て受けた。

 声を出す暇もなく地面に倒れた。


「よく防いだ。それだけでも君はすごいじゃないか」


 勝ちを確信したのか余裕そうな表情で語りかけてくる。本心かもわからない褒め言葉は耳障りでしかない。

 集中が途切れたのは足の痛みだった。庇うように動いていたけど、それでも防げなかった。

 さっきの試合でのダメージが蓄積していた。

 片膝を地面に立て、木剣を杖代わりに立ち上がる。攻撃を受けた部分が痛い。痛みが一点ずつに集中している分感じ方がきつい。

 それでも立ち上がる。私は勝たないといけない。


「私は……まだ負けてませんよ。まだ……勝てますから」


 相手のほくそ笑む表情を崩す。そう思うだけで身体はまだまだ動く。気持ちも折れていない。


「それならどうぞ」

「言われなくても!!」


 痛みを我慢しながら足に力を込めて踏み込んで攻撃を繰り出す。ただ、我慢しても力が思うように込められないのが自分でも分かった。


「そんな攻撃じゃ、主人は守れないぞ」


 安い挑発なのは丸わかり。ただ真実でもあった。

 こちらの攻撃は悉く防がれている。なのに、相手は反撃してこない。完全に遊ばれていた。

 力負けしていた。蓄積されたダメージのせいかは断言できない。

 事実としては私の攻撃は届かなかった。


「それでも! それでも!」


 自分を鼓舞した。そうでもしないと心が折れそうになったから。


「私は!」


 子どものように、自分に言い聞かせるように、相手に訴えるように。


「君の負けだ。敗因は……」


 その先は聞き取れなかった。そこからの記憶は曖昧だった。虚に覚えているのは感覚だけ。言葉が終わるより前に、ほぼ同時に五箇所に痛みが走った。両肩、両足、額へと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る