第207話 待ち望んだ試合

 口の中に含んだ氷が溶けて身体の中に染み込んでいく。試合での動きと感情の怒りで熱くなっていた頭を冷やすには十分だった。

 目の前には今から倒さないといけない相手がいる。知人を痛めつけるような勝ち方をした、その勝ち方は見ていることが辛かった。


「さっきの試合はおめでとう。彼を倒すなんて意外だったよ」

「この試合も勝ちますよ」


 「意外」その評価から分かる。私は格下に見られている。年齢は仕方ない、それでも知りもしない相手に、同じ騎士を目指す学校の生徒にそう思われていたのは少し腹が立つ。


「そうか。それは楽しみだ」


 今までの試合で最初は構えることのなかった相手が構えた。


「驚くことはないだろ。初戦と二つ目の試合とは力量が違う」


 嫌味ったらしい言葉を投げてくる相手の本心が読めない。そして私も構えた。

 両者が構えると試合が始まった。

 開幕速攻で仕掛ける。相手の出方でペースは握られたくない。一直線に距離を詰めていく。

 相手も馬鹿じゃない。私に合わせてリーチを活かした迎撃が飛んでくる。横からの一撃、それも早い。でも、私は目で追えていた、来る事も予想していた。だからそれに合わせて木剣を盾代わりにして防いでそのまま攻撃に移った。

 盾代わりにして相手の棒に沿わせて近づいた。こっちのリーチに入ると棒を弾いて相手の顔目掛けて振り上げた。


「逃しません!」


 反撃は避けられたけど攻撃の手は緩めない。致命的な攻撃は入らないものの、主導権はこっちが握っている。距離を空けないようにくっついていく。

 近距離なら剣の方が攻撃も早いし振り被るための距離も有利だ。

 距離を離される隙を作らないように手に力を込めて、最小限の振りかぶりで攻撃の手を止めない。一手でも多くの手数を出す為、気がつくと息を止めていた。

 呼吸の為の息継ぎよりも、考える為の呼吸よりも攻撃を優先した。そしてついに防御されていた攻撃に手応えがあった。相手の脇腹に入った。ただ深くはない。

 そこから攻撃は続かなかった。なぜなら私は相手の目の前から思わず距離を取ってしまった。離されないようにしていたのに。

 反射だった。そうしたわけじゃない。経験から来る危機感が回避の選択肢を取った。

 さっきまで私がいた場所を相手の武器が空を切っていた。

 そこで頭に浮かぶ事は相手の策略。脇腹へと入った一撃は誘われたもの、そして、その隙をついて意識の反対側から反撃をされていた。


「ここまでやるとか……評価を改めないと」


 深呼吸をしてから相手は不気味に呟いた。

 こっちが押しているはずだったのに、その余裕はなんなのか。

 不安をかき消す為、握る手に力を一層込めた。

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