第205話 傷だらけの勝者
手に攻撃が命中した手応えはあった。柔らかい何かに無理やり木剣をねじ込ませる気持ちの悪い感触。柔らかいのに堅い、そして手にはしっかりとした反動が伝わる。
手に振動が伝わった時に世界が回転した。目まぐるしく回る視界、そして身体に伝わる衝撃。鼻には地面の匂いが伝わってくる。
世界が回る中で理解した。今世界が回ってるんじゃない、自分自身が回っているのだと。
身体が回転して地面に打ちつける痛み、そして右足に感じる痛みを押し殺しながら体勢を立て直して立ち上がった。
手に持っている木剣は握りしめたまま、少し先には人型が見える。試合は終わっていない。今から相手にまた攻撃を仕掛けるより、視線の先にある人型に一撃入れる方が早い。
「勝負あり!」
一歩踏み出した途端に聞こえた試合の終わりを告げる一言。私は何も出来ていない。それはつまり、あいての勝利を告げる宣言でもあった。
後ろを振り向く。相手の姿はそこにあった。両手を挙げ、武器は足元にある。その姿はまさしく……降参のための姿。
「何で……。あなたの方が先に私の人型を叩けたはず」
体勢を崩していない相手はそのまま人型へ走れば終わりの話。何故そうしなかったのか。
「本物の剣なら胴に致命打を入れた瞬間で勝負は終わっている。それだけだ。私の負けだ」
こちらを振り向くことなく言った。
言いたい事は分かった。だけど、これは試合だ。試合はあくまで試合なのに。
そんな思惑を伝える事は出来なかった。相手は何も言わずに武器を拾って陣の外へと向かっていく。そして私は痛みに思わず目を強く瞑る。
「ユリ! 大丈夫?」
ここ最近聴き慣れた綺麗な声が聞こえた。
「ヤン! 水持って来て、後氷も! 早く!」
相変わらず迫力のある勢いですねフランソワ様。そんな主人を見ると自然と力が湧いて来る。
「大丈夫ですよ。ただ、水が飲みたい気分ではあります」
「ヤンがすぐに持って来るわ! 先生方、次の試合の前に少し休憩を下さい。出られるかどうかも判断しないと」
「あぁ、勿論ですとも。君もそれで良いな?」
先生の疑問は誰に問いかけたのか、私に投げかけたのだろうか、それなら答えは「勿論です」になる。だけど、視線は私にじゃなかった。そして、声の大きさも近くの私に言うには大きすぎる。
「えぇ、勿論ですとも」
次に私が相手をして、倒さなければならない人物の答えが聞こえた。
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