第64話 誓いの祝詞
「さて、さっさと終わらせるか」
ヤンの突然の言葉に眠気が若干飛んだ。全部終わったのに何を終わらせるのか。
「よいしょっと」
ヤンがベッドから立ち上がってこっちにやってくる。さっきまでとは雰囲気が違う。言葉使いはいつも通りなのに、眼差しはまっすぐにこっちに合わせてきている。目力に押されそうになってしまう。
私の前に来ると左膝を地面に付けて腰を落とした。左手には私がヤンに投げた短剣を差し出すような姿勢で。
「私、ヤン=ルールは主のために剣を携え、如何なる時も主を守る剣として傍らにお仕え致します」
聞いたことのある言葉。何回も聞いた言葉。それが今、液晶画面からじゃなく、直接私に向けられて言われている。予想外の言葉に私の頭の中がフリーズしている。
「フランソワ様」
横からのアルの言葉で我に返った。
「わ、私の近衛騎士に本当になってくれるの? いいの?」
「俺を近衛騎士にしたかったんだろ? それに今回はあんたが居なかったら俺は死んでた、命を救われたも同然だ。だから俺はあんたに誓う。今度からは俺が守る番だ」
目頭が熱くなる。今目の前の光景が信じられない。
目の前に差し出された短剣を両手で受け取った。それは誓いを受け入れた証。
アルが拍手で祝福してくれている。
「ヤン、おめでとう。でも近衛騎士になったんならフランソワ様の呼び方はちゃんとしないといけないよ」
「別に私は気にしないわ。好きなように呼んで。そっちの方がヤンっぽいし」
「とのことだ。そしたらお嬢だな。一番しっくりくる」
そう言って3人で笑いあう。ついに私の夢の1つが叶ったんだ。実感がわかないけど今幸福な気分にあふれているのは事実だ。なんだか恥ずかしすぎてヤンの顔が見れない。
「さて次はアルの番だな」
びっくりしてさっきまで見ることが恥ずかしかったヤンの顔を見直してしまう。
「お前だってお嬢がいたから俺からの依頼ほっぽりだして来てくれたんだろ。だったらそれはお前が変わったんだよ。堅物のお前を柔軟に変えてくれる奴なんてそうそういねーよ。そんな奴がお前も近衛騎士にしたいってんだ。なるしかねぇだろ」
「無茶苦茶な屁理屈を言わな……」
「来いよ。俺はお前と近衛騎士になりたいんだ」
アルの反論を遮ってヤンが伝えた言葉。それはヤンの本心からだろう。今日の中で一番かっこいい表情をしてる。
その言葉にアルは何も言わない。ただ、顔から言葉が伝わってくる「しょうがないな」って。
そのままアルが私の前でさっきのヤンと同じ構えを取って自分の剣を差し出してくる。
「私、アル=レイトは主のために剣を携え、如何なる時も主を守る剣として傍らにお仕え致します」
さっきの動きを思い出して剣を受け取る。
「さっきはお嬢の短剣を返す形になったけど、そのまま剣は持ち主に返すんだ」
ヤンのアドバイスを聞いて、慌てて剣をアルの腕に返す。
「改めてよろしくお願い致します。フランソワ様」
「わ、私こそよろしくねアル」
「ヤンもよろしく」
「あぁ」
2人の短い言葉の掛け合いも今まで以上に微笑ましく見えてしまう。
黒の似合う自由な騎士、白の似合う優しくて頑固な騎士。その2人が今本当の意味で私の傍にいる。それは私が夢にまで見た光景の1つ。
夢のような本当の話だけど私にかっこよくて素敵な近衛騎士が2人もできた。帰ってホリナに話したらどんな反応をしてくれるだろう。けど今夜のことは話せないし、いつ打ち明けようか心の中で静かに考えた。
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