第60話 ヤンの覚悟
「走れ、この勝機を逃すな」心の中で自分を鼓舞する。蹴り上げられた痛みもさっきよりマシになっている。何よりアルの作った勝機を無駄にすることはできない。
キースへと駆け寄る。
あいつの右足はアルが傷つけたさっきみたいに蹴りを放つことは難しいはずだ。このまま突っ込んで斬る。
剣が飛んできた左手に持っていた剣をこっちにめがけて投げつけてくる。回転して飛んでくる武器を避けてそのまま足を止めずにキースに迫る。
飛んできた剣を避けると次に待っているのは自慢の大剣だ。次は両手で構えての全力の一撃。さっきみたいに受け流すのは難しい。だから速度に緩急をつけて振る瞬間を図らせない。
手前で減速して、そこから一気に地面を蹴りあげて加速する。その動きについてこれずにキースは振るのが一瞬遅かった。
しかも嬉しい誤算に大剣の薙ぎ払う速度がさっきに比べると遅い。足で踏ん張り切れてない証拠だ。
「キレがねーぜおっさん」
そのままキースの体に上から下へ剣で切り裂いた。胴体の肉を剣が切り裂く感覚が腕を伝わってくる。切り口から飛び散る赤い血が勝負のついた証……だが、違和感があった。全体にではなく一部に。
何か剣が金属に当たったような感覚。固い物に当たってそこだけ切れなかった感覚だ。
その理由が分かった。キースの服には裏に短刀が隠されていた。切り裂いた服の間から短刀が垣間見える。それ以外の部分からは血が流れているが、その部分には剣が届いていない。致命的な一撃になっていない。
それを頭が理解した瞬間、何かが顔に飛んできた。冷たい泥だ、この雨でぬかるんでできた泥をキースが蹴り上げた。急いで拭って視界を確保しようとする。
「ヤン! 右から来る防御しろ!」
アルの叫びに右手側に剣を構えた。
衝撃と激痛が体を襲う。何が起こったか全くわからない。分かるのは自分の右腕が激痛で動かせないことだ。
左手で目を拭って視界を確保すると目の前には折れた剣と赤く腫れあがった右手、そしてこっちを見降ろして、にやけるキース。
抵抗の余地がない。剣も折れて、体も今すぐには動かない。積みだ。
「逃げろ! ヤン! 早く!」
アルの声が聞こえる。悪いな、体が動かねぇんだ。
そのままキースがこっちに来て大剣を構えた。
「ひやっとしたけどよぉ。俺の勝ちだ小僧」
観念して目を閉じた。
「せーのぉぉぉぉ」
この場所にはふさわしくない声が聞こえてきた。それはこの場所にいたらダメな奴の声だった。
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