第56話 ヤンの戦い 前編

 キース達の拠点は下層の外れに位置していた。夕方の内に周りを確認して、フロスト達が攻め込んだ時にあいつらが逃げてくるだろう道の建物に俺は息をひそめていた。

 大将が来たらそのまま切ってやればいいし、小物が逃げてきても切ればフロスト達の勝利に近づく。

 思い出すと昼間からごたごたに巻き込まれたのが予想外だった。そのせいで、アルを巻き込んじまったし最悪だ。

 そもそもなんであんな場所にあの嬢さんがいたのか未だに理解できなかった。良いとこの育ちなんだから下層の医者よりも頼れるやついるだろうに。それでも下層の医者を頼るあたり、下層への偏見はなかったのかもしれない。


「相変わらず変わりもんだ」


 思わず口にしてしまって笑ってしまう。今から一悶着起こそうとするとは思えないくらい緊張が緩い。

 そう思った時、外に変化があった。急に騒がしくなった。雨の音が強くなったわけじゃない。間違いなく人の声がする。

 建物から顔だけを出して外を確認すると2人組がこっちに歩いて来るのが見えた。

 先頭の男は大きな体にいかつい顔の頬には切り傷の後、手に持った特大の剣らしきものが特徴の大男、後ろには先頭の男ほど大きくはないがしっかりとした体つきの男だ。2人ともこの大雨の中でローブも傘もささずに歩いている。いきなり外に出ることを強要されたかのような姿だ。


「頬の切り傷。間違いないあいつか……キース」


 ここに来るまでに聞いていた特徴と一致していた。キースがこっちに来ているという事は、つまりフロスト達の襲撃は少なくともそれなりの成功をしたようだ。そうでないとこっちに逃げてくるはずがない。襲撃して先頭集団がキースの部下に時間稼がれている間に逃げられたって所だろう。

 そのままこっちに向かってくる瞬間を見計らって窓からいつでも降りられるように息を殺して準備をした。

 内心では後方にキースならそのまま一撃で仕留められたのにと思ってしまうが、言っても仕方ない。今の場面でできることだけに集中するためにその考えを捨てた。


 下からは2人が近づくにつれて会話が聞こえてくる。相当苛立っていることが言葉に表れている。そんな奴は雨の中で上を見ることもないだろう。俺はずっと2人が真下に来る瞬間を待った。そしてついにその瞬間が来た。

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