第29話 黒いヒーロー 前編

「そこにいるのは俺の知り合いで、『助けて』ってことだそうだ。お前ら怪我したくなきゃ大人しくしとけ」


 ヤンは腰の剣を鞘に入れたまま構えた。それに呼応するかのように2人も短刀を構えた。

 先に動いたのはヤンだ。軽口の男の方との間合いを詰めて剣を縦に振るう。それを受けずに一歩引いた男のところにヤンは追撃の蹴りを放つ。

 蹴りを受けて痛々しい声を出しながら地面に膝をつく。

 もう一人の男が蹴りの直後で固まったヤンに短刀を突き出す、それをヤンは鞘に入れたままの剣で受ける。剣を横に奮って男の体勢が崩れた所を今度は剣を縦に振りおろす。振り下ろされる剣を避けきれずに男の肩に直撃した。見ている私でも痛そうに感じてしまう。


「どうしたもう終わりか? 終わりならそこで横になってろ。後で聞きたいことがある」


 ヤンの挑発するような言葉に返答はない。2人とも意識はあるが返さない。

 次の瞬間に蹴りを受けた男が起き上がって私の方に向かってくる。それに反応してヤンも私の方に走り出した。

 その反応を見てこちらに向かってくるのをやめてそのまま逆方向に走った。もう一人も起き上がって2人は示し合わせたかのように通路の入口へそのまま走り抜けて行った。

 ヤンは2人を追いかけようと方向転換をしたが、こっちを一目見て足を止めた。

 気づけばこの通路には私とヤンしか残っていなかった。


「逃げ足だけは一丁前だったな。ってかあんた何でこんな事に居るんだよ。こんな場所来るような人間じゃないだろ」


 そう言ってこっちに向かってくるヤンを見て私の緊張の糸が切れた。

 さっきまで力の入らなかった足に力が戻ってくる。立ち上がってヤンの方に近づく。


「怖かった。ありがとう。本当にありがとうヤン」


 ヤンに体を預けるようにして私は感謝の言葉を並べた。


「そう思うなら二度とこんな下層に来るんじゃねーよ。たまたま聞こえたから助かっただけなんだ覚えとけな」

「うん。ありがとう……。私お医者様を探してたの、そしたら教えてくれるって言われて。焦って私何も疑わなかった」

「わかったよ。医者だろ。そしたらついてってやるからそれが終わったら俺は用事があるから消えさせてもらうぞ。天気も崩れそうだ、さっさと行くぞ」

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