異世界生活15―Ⅱ
王宮の中には○○の間と呼ばれる広間が幾つか存在するらしい。会食や歓談、小・中・大規模のパーティー、その他催しに応じて使用される広間や調度品を変えるのだとか。
それは貴族屋敷も同じで、ガーデンパーティー用の庭とか大広間、ダンスホール、サロン等王宮並みとは行かないが、幾つかのスペースは確保しているのだと、隣にいるライセルがこっそりと耳打ちする。
王宮って、だから広いんだ……。それは、貴族同じなのね。……て言うか、もしかしてライセルさんも貴族だったりするの!?
隣に目を向ければ、真理と目を合わせるとライセルは少し目を細めただけで、前方の壇上へと視線を移した。その顔付きは、優しげな物ではなく何処か厳しさを感じる真剣な面持ちで、騎士の顔なのだろう。普段の柔和さとの違いにドキリとするものを感じる。
斜め下から見上げる、厳しい眼差しの真剣な横顔。真一文字に閉ざされた薄い唇のライン。きっと、ラフな現代の格好なら見えるであろう喉仏とか……。
総じて、見目の良い隣立つ男の横顔に見惚れそうになる。
ハッと、見入っている場合ではないと、真理も慌てて正面を向く。じゃないと、おかしな感情が芽生えてしまいそうだったから。
違う。
まだ、違う。
これは、恋じゃない。
絶対に、好意等ではない。
まだ好きな訳じゃない。
少しだけ、惹かれかけているだけで、好きなのとは違うから!!
白百合の間は、扉が白く白百合の浮き彫りが施された木製の扉で、両の隣に控えた従者の顔が、ミハエルの顔を見ると瞠目した後、恭しく礼を取り扉を開いた。
白百合の間は、壁面が白地に白百合の花の絵が施され、照明が当たる角度でキラキラと反射を変えて瞬く様に見えていた。
長方形の広間で、三十人は軽く入れるスペースがある。天井には、シャンデリアが吊るされ、灯された灯りがゆらゆらとした柔らかな光を放っていた。
前方には、壇上が備えられている所から、上には王族が、下には招待客がと言った配置で使われるのだろうと、想像できた。
これ、何となく構造が結婚式なんかの披露宴会場みたいだよね。
中には、両のサイドに長テーブルが置かれ、その上には料理やスイーツが所狭しと並べられていた。
中央には三十人程の貴族っぽい服を着た男ばかりが集まって食事と歓談に華を咲かせていた。
「あははははっ~♪♪♪みんな、じゃんじゃん飲んで、楽しんじゃってぇ~♪♪♪」
酒の瓶を右手に掲げ、声高に叫んだ女がいた。左足は椅子の上に乗せられ、ドレスのスリットから滑らかな白い皮膚が剥き出しになっている。
薄黄色のドレスで右の肩から斜めに緩いフリルがあしらわれ、左の肩は剥き出しで、胸元も谷間が見えているちょっと際どい感じのデザインだった。
足の方も、太ももの真ん中ぐらいからスリットの入った物で、歩く度に生足が見えてしまうようなデザイン。
まぁ、ああいうドレスとか私に縁は無いけど、あんなデザイン着るのってポロン覚悟で、余程スタイルに自信が無くちゃ着られないよね。
それにしても、はっちゃけてるなー。あの人、エリーナさんだったっけ?
レティシアの過去の映像に出てきたエリーナ。ランディールの腕に纏い付き、甘い声音と潤んだ瞳を向けていた……あの人だ。
それが今や、ただの酔っぱらい……。
それでも真理からしたら、宴席ではそう珍しくも無い光景。男でも女でも酔っぱらいにありがちな行動だ。だから、特に思うものは無い。
「何だあれは……。淑女にあるまじき、破廉恥な」
「えぇ……。何て言う女なんだ。あんなのが王宮にいるとは……」
「………………」
だけどこの世界では、そうでもないらしい。目の前のミハエル陛下や、ジークベルト、横に立つライセルの無言の表情からしてあれは『破廉恥』と、言われる行動らしかった。
そうか、ああ言うのは『破廉恥』に成っちゃうのか。でも確かに、お行儀は良くない行動ではあるよね。宴席ではそんなに珍しくも無いんだけど。
宴もたけなわ、もう一つ盛り上りたいときの音頭では、有りがちな酔っぱらいの行動もここでは破廉恥と言うらしい。
小さなところから、現代日本との文化の違いを感じた真理だった。
宴会の場と成り果てた白百合の間を国王ミハエルは突き進んでいく。その背中にはただならぬ空気が立ち上っているようにも見え、馬車の中での気さくなおじさんとの違いをまざまざと感じさせられた。
やっぱり、王様なんだな――。
壇上へと突き進むミハエルを見た周囲の宴席参加者達は、一人また一人と正気に返ったようにハッした後、ガタガタと震えだし青ざめた青付きに変わっていった。
それでもそれは、ミハエルが通った両側にいた人間に限られ、人垣でミハエルが見えない者達は、相も変わらず酒宴に歓談に興じていた。
「お前達は、何をしている?」
壇上に上がり、白の間を一瞥したミハエルの重低音が会場に響き渡った。
その声に、何事かと視線が向けられる。はじめミハエルを認識出来ていないかのように『何だぁ?』と言う視線を向けていた者達も、その顔と怒気を孕んだ圧とに次第に正気を取り戻していく。
ミハエルの顔を認識した途端、我に返ったかのように驚愕の表情を浮かべ、事の次第を思い出すと同時に青い顔、青白い顔、白い顔とに顔色を失っていた。
「ちょっとぉ~!なんなのよもう!!今日は私の為のパーティーなんだからね、邪魔しないでくれる?オジサン!!」
えっ!?オ、オジサンて……それ言っちゃう!?……確かに、王様本人も『おじさん』って言ったけど、それって本人が自分で言うのと他人がオジサン呼ばわりするのじゃ意味が違うから!!
そりゃね、十代の女の子からしたら四十代はオジサンだろうけど、王様の見た目まだ若いよ?
それに、一国の王様を人前でオジサン呼ばわり……。これって、不敬罪とかになるんじゃないっけ?
真理からしても、目上の人間にたとえプライベートでも『オジサン』呼ばわりはあり得ない事だった。社会人としての常識では無い。あり得ない!!
まぁ、本人不在の場ならその限りではないけどさ。
「貴様!国王陛下に向かい、何足る無礼な言葉を!!」
「きゃあぁ!?あ、危ないじゃない!」
やはりと言うより、案の定。国王陛下付きの近衛が動いてエリーナを取り押さえ床に跪かせると、その首元に剣を突きつけていた。
「ひぁっ……?こ、国王陛下ぁ?……あ、本当だ……やだぁん帰って来ていたのぉ~?なら話は早いわね!この剣を退かせなさいよ、私は聖女よ?聖女にこんなことして許されるとでも思っているの!?」
最初、首元の剣先に怯えたエリーナも、『国王陛下』と言う言葉は脳裏に残り壇上へと視線を向けた。国王ミハエルの顔は、ジークベルトをそのまま年取らせた様な顔付きで、ランディールもその面影を宿している。国王ミハエルとエリーナは、一度は顔を会わせたことがある。ランディールに似た顔立ちの壮年の男に、ランディールの父親であり国王だと認識が及んだ結果の更なる暴言だった。
「聖女?お前が?お前の様な女の何処が聖女だと言うんだ?」
エリーナに向けられる侮蔑の隠った碧い瞳。氷のように冷たく、憎しみの込められた眼差し。
「何ですって!?私は聖女、この国で唯一の聖女なのよ!その私にこんなことをして、ただで済むとでも思って、いる……の……?」
キッと、見上げた先に自分を見下ろすランディールに似た面差しの若い男。
ランディールは、まだ十六歳と幼く何処か頼りなさを感じてしまう。けれど目の前のこの男は、ランディールには無い強さを感じる。
総じて、年若で頼りないランディールと目の前の強さを感じるこの男。どちらが好ましいかと言えばそんなものは決まっている。
「貴方、王子様よね?留学しているって言う、第一王子のジークベルト様かしら?うふふ……わからないの?私は聖女なのよ。この国を守ってる。だから、私を擁護する権利は、貴方にあげても良いわよ?」
エリーナは先程までの睨みあげる目ではなく、とろんとした甘い視線をジークベルトに向けた。
エリーナからは、仄かな甘い香りが漂う。匂いを嗅いだジークベルトは、エリーナの『魅了』が使われたことを理解した。
はじめて嗅ぐ甘い匂い。その匂いに乗せられたエリーナの声には強い『魅了』の、力が宿るのだと。その話を森から王城に来るまでの道中、ライセル達から話を聞いていた。
――――残念だが、それは効かない。
ジークベルトは、冷ややかな目でエリーナを見下ろした。
(何て言うか……直接見ると凄い人だな。)
凡そ凡人の真理には真似できる物でも感覚でもないけど、人間が多数集まると中にはそう言う部類の人もいる。
現に……浅井由依もエリーナさんと同タイプ何だろうな……。
ふと、思い出したけど、良治の相手の浅井由依も、受付に立ち色んな男性と交流を広めていた節があるから。
受付で、見映えの良い男が来る度に熱視線を送っていたよね。他にも、同ビル内の他社の何人かとも随分親しい様子だったし……。
改めて、会場を見渡す。そこには、貴族風の比較的若い男ばかり。
それにしても……見事に男性ばかりな気がするんだけど……。ここには、女の人は呼ばれていないの?
白百合の間にいる宴席に招かれた貴族。その殆どが、男の……それも見目の悪くはない男ばかりと言うのが真理には気になった。
「何を言っている?誰が貴様の様な汚らわしい女を庇護などするものか!貴様のせいでレティシアが死にかけたんだ。相応の罰は与えるから覚悟しろ」
(魅了が効いてない?そんな馬鹿な!?)
「なっ!?……わ、私は何にも悪くないわ!!そうよ…私は悪くない。だって、私は聖女何だから……。この国に唯一の、聖女……に、なるんだから……」
そうよ。私は悪くない。あの悪魔の囁きに乗っただけで、この
どうして最後の最後で上手くいかないのよ!
何度も騎士団を派遣したのに、一行にレティシアの死の知らせは届かない。私が、幸せになるべきなのに。私こそが永遠の幸福を享受するべきなのに!!
何でこんなにも上手くいかないのか。
ジークベルトにだって、魅力の力を向けた。それなのに、私の魅了が効かないなんて……。こんなことは今まで無かった。それなのに、あり得ないことが起きていてる。
あの悪魔だって、あの森で深手を負った。その上で、レティシアの魂を諦めてエリーナの魂を奪っていった。
あんな……酷い真似をして…………。
あの夜の事は、エリーナにとっても屈辱的な出来事で、皮膚は綺麗に治ったものの、痛みの記憶が失われた訳ではないのだ。
やっぱり、レティシアが悪いんだわ。あの女がさっさと素直に死んでくれないからこんなにも大変な思いをしているんだわ!
ギリギリと奥歯を噛み締めて、エリーナがギョロっと怒りに満ちた眼をジークベルトに向けた。
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