異世界生活14―Ⅱ

 レティシアさんに習いながら、絵本の文字から平仮名対応の文字表を作製し、簡単な文章を書く練習をしていた。



「真理さん、宜しいですか?」


 そんなとき、ノックと共にドアの向こうからライセルさんの呼ぶ声がた聞こえてきた。

 ドアを開けるとライセルさんの姿が。相も変わらす柔和な微笑みを浮かべている。

「はい、何ですか?」

「今後について、真理さんにもお願いしたいことが出てきましたので、陛下の所にお願いします」

「今後について、ですか……」

 もしかしたら、『やっぱり、異世界の人間の移住は認められない』とか言うのかな?それとも、『異世界の人間風情が、他の世界の事情に首を突っ込んで、不快だ!!』とかって、罪に問われる?


「難しい顔なさらなくても……大丈夫ですよ。行けばわかりますから、ご同行願います」


 国王からの呼び出しとの言葉に要らぬ想像を働かせた真理。その表情は、かなり深刻そうに周囲からは見られていたようだ。


 だって、王様からの呼び出しだよ!?普通にビビるでしょ~!!





「陛下、真理さんをお連れしました」

「おお来たか……。すまないね、さっき別れたばかりでまた呼び出して」

 通されたのはソファーの置かれた応接間。国王ミハエルは柔らかな笑みでもって真理を迎え入れる。


「いえ、とんでもありません。」


 真理も、若干引き吊り気味な笑顔になるが、その辺りは多目に見て欲しいと思った。何せ、日本じゃ天皇陛下に直接間近で話すなんて機会、凡人にはそうそう有るものでは無いのだから、この緊張感はそう言うものだと思って欲しい。


「緊張しているようだね?そんなに固くならなくても、取って喰いはしないよ?」


 大人の余裕。そう感じさせる寛容な笑みと風格をミハエルは醸し出す。

 ミハエルは豪奢な、金糸や銀糸で翼獅子の姿が刺繍が施された上衣を羽織ってる。

 それが、やはり王としての器の有り様にも見え、真理は益々緊張していた。


「そんな……緊張するなと言われましても……」


「そう緊張されるとな、何だか寂しい気がするね。どうだ、私を一人の友だと思って接してはくれないか?」


 何処までも静かな湖面を思わせるミハエルの碧い瞳が穏やかに細まる。


「いぇ……でも……」

 そうは言っても国王様でしょ!?私、貴族でも王族でも無いし、やっぱりどう考えても無理ですよ!無理!!


「それに、真理殿の世界も興味が有るんだ。今は由々しき事態ゆえそうは聞くことも出来ないわけだが事が落ち着いたら、お茶でも飲みながら私と話す機会を設けて欲しい。駄目かな?」


「ちゃ…茶飲み友達……って、言う事ですか?」


「ははっ、良いね!茶の飲み友達。気楽そうで良いね。それでいこう!」


 茶飲み友達…王様と茶飲み友達!!?


 えええっ!?………本当にっ!?



 真理の驚いた顔を一笑いした後、ミハエルの顔はスッと真顔に戻る。その変わりように間近にいた真理は、ただならぬ雰囲気を感じずにはいられない。ミハエルのお願いが簡単な内容では無さそうだと、嫌でも感じ取れてしまう。


「それで、本題なんだが。真理殿に少しばかりお願いしたい事がある」

「お願いですか?」

 ミハエルから何をお願いされるのか、その事が不安で真理の顔は強張った。


「ああ。明日に何だが、王都に戻るよ。ランディールの事をこのまま放置、と言う訳にもいかないからな。それで、なんだが……」


 碧い瞳が真理の黒い瞳を見下ろす。懇願ではない。そういう雰囲気ではなく、要望と言うより、否を答えづらい真っ直ぐ向けらた要請の視線だった。


「廊下に灯されているあの蝋燭。あれは『聖火』ではあるまいか?」


 あ、また同じ事を聞かれた。新しく人が来る度に、毎回同じ質問を受けるんだよね。

 ただの蝋燭……と、言いたいところだけど。

 やっぱり、この世界でも普通の蝋燭は淡いオレンジなんだろうね。火の色は、白じゃないんだろうな。

「さぁ?私としては、向こうの世界の極普通の蝋燭を持ち込んだつもりですが、そう言う意見を述べた方もいますね」

「やはりそうか……。あの蝋燭を少しばかり譲ってはくれまいか?」

 王様直々のおねだりでは、流石に断れないよね。


 仕方がない…………。


「……別に構いませんよ。蝋燭ぐらい」


 ホームセンター売の量産品だし。十本セットぐらい、対した額じゃないし。


「ありがとう。申し訳ないが早急に用立てる事は可能だろうか?」


 ストックは、確か台所の棚に置いてあったはず。用立てるのも持ってくればすぐにできる。


「わかりました。今、持ってきますね」







 台所から持ち出した蝋燭は、箱入り十本セット298円のホームセンター売りだ。


「こちらになります」


 差し出された蝋燭を手にしたミハエルは繁々と眺める。


 何か……おかしかった?期待したものとは違ったのかな!?


「ジーク、これをどう思う?」


 ミハエル同様、蝋燭を手にしたジークベルトにその真価がどう見て取れるかを訊ねた。


「……私には、この世界の物とそう違いは無いように見えますが……」


 例え実子と言えど、王と王子では明らかな身分の差が存在した。ただの父と子とは言えない関係性が、王族や高位貴族の間には存在する。

 越えられない壁。いつかは越えなければならない越えるべき壁であり、その土俵に立つことを許される、認められるだけの実績をジークベルトもランディールも築かねばならなかった。時期王として相応しいと思わせる、信に値する成果と実績を。


 それ故、王自らの問いかけともなれば、その答えは慎重を要する。何時いかなる時も、その判断を真贋を違わぬように。


 真理が持ってきた蝋燭は、材質的にもそれから感じ取れる気配もこの世界で一般的に流通するものと大きな違いはない。強いて言うなら、この世界の蝋燭は色味が黄ばんでいて、真理が持ってきた蝋燭は白いという事位の差しかない。

 それが何故、火を灯すと明らかな差が産まれたのか。ミハエルの疑問はそこに置かれたのだろう。


「そう。確かに、我々の普段扱うものとの差は見受けられない。……ジーク、ためしに一つ灯してみろ」

「は……」


 ジークベルトは、真理から貰った蝋燭に火を灯す。すると灯った火には明らかな色味の差が生まれていた。


「黄色い……?」


 ジークベルトが灯した火の色は、淡く光る薄黄色の火だった。対して真理が灯した蝋燭は煌々と輝く白い火で。



 色が、違う。そして光量も明らかに違っていた。


 真理が灯した蝋燭の灯りは、L.E.D.照明ばりの明るいもの。対してジークベルトの灯した灯りは、淡く柔らかに周囲を照らしていた。


「色が……それに、光の強さも……。これは……?」

 王の傍らに立つナッシュが、呟くように言った。


 ミハエルは顎に手をやり、この差の原因を考察してるようだった。そして束の間の後、ナッシュにこう命じた。


「レティシア嬢を連れてきてくれるか?もしかしたら答えがわかるかもしれない」





 程なく、レティシアが父親たるナッシュに伴われてやって来た。

「レティシアです。お呼びに応じて参りました」

「休んでいるところ悪いね。早速なんだが、この蝋燭に火を灯してもらえないか?」


「…………?はい、承知しました」


 突然呼び出されて、この場に連れてこられたレティシアには、国王達の会話と蝋燭に火を灯す話への流れは解らない。一瞬、不思議そうな表情を浮かべるものの、その命を下すのはこの国の王で、それを拒否する理由もない。


 何せ、ただ蝋燭に火を着けてくれってだけだからね。


 レティシアが、蝋燭に火を灯す。小さく揺らめく火は淡い輝きを放つ。


 色は――――白かった。



「白だ……レティシア嬢は、白なのか……」


 ジークベルトは薄い黄色。

 レティシアは白。


 その色の差は?

 差の持つ意味は?


 ミハエルの脳裏にはある仮説が組み立っていた。それを決定付けるには、証明するには……。


「それでは、次は真理殿が灯してくれるか?」


 向かい合って座る、異世界からの転居者、真理。



 その答えが、明らかになろうとしていた。


「……はぁ、それでは」

 なんとも、気の抜けた返事である。

 真理には、蝋燭の光が灯す人によって違うなど『不思議だなぁ』ぐらいにしか見ていなかったから。


 真理の灯す蝋燭の灯火は、煌々と白い光を放つ。それは、火とは思えない。聖なる輝き。人には創り出すこと叶わない、神聖なる輝きに思えた。


「明るさが……こんなにも違うものなのか!?でも、どうして!?」


 ミハエルの直感的に感じた仮説は、こうして証明された。


「異世界の物を、異世界の者が扱う。これこそが重要なのだと思う。そもそもの起源の聖女は異世界の者だった。聖火もまた然り。レティシア嬢の灯した光が白かったのは、彼女自身が、王家の、聖女の血を少なからずその身に宿すから。そして、建国の聖女の力は女性にのみ受け継がれていた……と、言う事だろう」


 ミハエルの立てた仮説。それは、聖女の力とは異世界から持ち込まれる。

 勿論、この世界の聖女も存在するだろう。しかし、異世界からの転居者ほどの力は有していないように思えた。


 何せ、建国の聖女はこの世界の瘴気を蓄えた蛇神を封じるほどの力を有していたのだ。

 当時、この世界はまだ未熟だった。だからこそ、女神パンデルミナは異世界から救世主たる聖女を呼び寄せたのだろう。そしてそこから波及した血筋にこそ現在の『聖女』が誕生しているのでは……と。


 ならば、この世界にやって来た現代の異世界人真理の力はどうだ?この世界で薄まったかつての聖女の力と比べたら……。



 その結果が、この蝋燭の灯火だった。



「そう仮説を立てると、真理殿は強力な聖女だと言う結論に至る」

「聖女…………」


 部屋にいた全員の視線が真理に向けられる。


 いえ!そんな事は有りませんよ!?だってそんな凄い事、私してない……と、叫びたかったが、懐中電灯のカメハ○波を思い出すと、何となく否定は出来なかった。


 と言うか、口を挟みづらいし!!



「これは無理を承知での願いだが、真理殿にも共に城へ来て欲しい。勿論、身の安全は必ず守るし、危険が差し迫れば真っ先にここまで送り届けよう。だから、私と来てくれないか?」



 何故に私もお城に行かなくてはならないんですか???


 そもそも、王様がこうして直接お呼びになる。それ自体異例だと感じる訳だけど。

 確かに、蝋燭の灯りは一番強いですよ?それなら着けたものを持っていけば……。

 あ、でも、途中で消えたら意味がないか。


 そう言えば、最近流行りの異世界物って『聖女』がいれば『魔王』も居るんだよね。俗に言う転居者とか転生者ってチートだったりするんだっけ?


 真理自身は魔法はほんの少し、生活に必要な程度で習い始めたばかりだった。竈の火付けと、井戸水の浄化で動かした程度で、その後は特に何もしていない。


 剣術や戦闘と言ったことも、平凡な人生の真理には無縁のもの。


 だから城に来てくれと言われても、戦闘能力としては能力皆無だし、いざお城の操られた兵士と激闘となっても、足手まといにしかならないだろう。


 だから、国王ミハエルが真理を王城に連れていきたい理由が解らなかった。


「何故でしょうか?聖女と言われましても、私みたいな何の取り柄も無いものがお城に連れていかれる……理由が無いと思うんですけど?」


「実はな……。これは、この国の建国に纏わる…お伽噺になるんだが……」


 と、ミハエルは語り出す。

 建国に纏わる、異世界から呼び寄せられた聖女と白蛇。瘴気を吸収し続けた白蛇の成の果てと建国に纏わる話だが、ミハエルは最後にこう付け加えた。


「異世界から持ち込まれた物は、この世界の我々が使うよりも、やはり異世界の人間たる真理殿が扱った方が遥かに効果を発揮するだろう。それ故、是非とも真理殿には城まで同行願いたい。勿論、先程約束した通り真理殿の身の安全は最優先にする。だから、どうかこの通りだ。私達と一緒に来てくれ」


 と、国王陛下に頭を下げられ懇願されてしまっては……。


 ど、ど、とうしよう!?

 どうする?

 身の安全は最優先に確保してくれるって!っでも、あれよね?お城の地下には瘴気に侵された蛇神いるのよね!?


 大丈夫なの?これって、迂闊に「はい」なんて答えて大丈夫なの!?


「真理さん、私からもお願いします。真理さんの安全は、必ず俺が守りますから」


 迷う真理に追い打ちと言わんばかりに、ライセルも懇願の目を向ける。そこにいる者皆が、真理に同行を求める視線を送っていた。


「真理さん。わたくしからもお願いします」

 レティシアさんの天使の瞳が、ウルウルと輝く。



 これって、物凄く断りづらいんですけど!?

 数の暴力だわ!横暴だわ!!

 一対複数なんて、とっても卑怯じゃないの!!?


「うううっ……わかりました。一緒に生きますけどちゃんと守ってくださいね?」





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