異世界生活14―Ⅰ
――AM9:40――
いつもよりちょっと遅くなったのは、いつもよりも多くの食材を抱えているからで……。
如何せん、昨夜の兵士さん達の賄いでこっちのストック食材が大分消えたみたいだから。朝から二十四時間営業のドラッグストアに駆け込んで、お米とか買い足ししなくちゃならない事態が発生してた。
いやね、只でさえ三人増しで養っているから、お財布が厳しいのよ。そこに来てご一行様襲来でしょ?一体どれだけ買えば良いの?って、なるじゃない。
「お早う御座います。朝御飯お持ちしました」
大量のおにぎりと、大量の茹で玉子と、ウインナー、茹でブロッコリー、茹でニンジン。
そして、ロールパンだね。
「おはようございます真理さん。すみません、無理をお願いしてしまって……。昼食の分からは、近隣の村で食材を仕入れて来ますから安心してください」
あら?お昼からは、大量生産から解放ですか!?それは有りがたいですね!!
「良かった~。それならこっちも助かるよ」
「ははは……。この量は、やっぱり大変だったんですね」
思いきり安堵の表情を浮かべてしまった。そして、ライセルさんが苦笑い。仕方がないじゃ無い!!一体何人、ここには何人の人間がいるの!?どう見ても、三十人は軽く越えてますよね?
何せこちとら五時起きだよ。そこから五合のご飯を四回も炊いてひたすらおにぎり……。本当に、勘弁してください。
それでも、一人に一つおにぎりが当たるかは不明だけど。いや、当たらないね。そんな人数分なんて無いや。
それにしても、近隣に村なんて有るんだ。それは知らなかった。異世界生活って言っても、まだこの森から出てないしね。
自給自足、悠々異世界生活なんて程遠いこの状況。
本当にこのままで異世界で生活できるのかな?
そのうち地域交流とか、出来ると良いな~!
「異世界の方、国王陛下がお呼びです。あちらにお越しを」
「えっ、王様が?」
朝からなんのお呼びですか?
まさか、昨日の今日で、『この不埒もの!!』とか、お咎め的なあれじゃないよね?
うう、どうしよう!?もしかしたら提供したおにぎりが口に合わなくてバッサリとか!?
食堂には、国王ミハエル、ジークベルト、レティシアの父ナッシュ、レティシアの兄ルーク、レティシアが座っていた。
ミハエルの背後には近衛騎士が二人、食堂の前にも二人いるわけだけど……。
ああ、物々しいな。一般人からするとわ~!何コレ!?って、言いたくなるぐらい、厳戒体制って言う感じ。普通じゃ感じられない圧を感じるわけです。
大量生産してきたおにぎりやらの朝食は、どうやら国王様の口にも入ったらしい。
テーブルの上の皿には、食べ途中のおにぎりが置かれている。綺麗に直線カットされている所を見ると、ナイフとフォークで切って食べているらしい。
手掴みは……お上品な方々には受け入れられない文化かな?
「お早う御座います、国王陛下。お呼びだと伺って参りました」
「うむ。おはよう真理殿。朝から呼び立ててすまない。なに、たいした事ではないんだが、この食べ物について聞きたいんだ」
柔らかな微笑みを浮かべているところを見ると、怒りの呼び出しではないらしく、ほっと胸を撫で下ろした。
そして、この食べ物。
おにぎりですね。
多分、海苔が気になるんでしょうね。『この黒いのは何?』おにぎり文化が認知される前の、外国人がTVの中でよく聞いてたよね。ライセルさん達も最初に出したときに聞いていたからね。この国にはおにぎり文化無いんだろうな。
「そちらは、おにぎりと言います。おにぎりの何をお尋ねでしょうか?」
「この黒いのはなんだい?」
ほらね。やっぱり海苔だ。ミハエルは間違いなくおにぎりの海苔を指差していた。
「それは海苔と言います。海の海藻の一種で、陸にあげた後、細かく刻んで水に泳がせ板状に薄くすくんです。お口に合いませんでしたか?」
「いや、旨いな。初めて食するが香りが良い。それにこの白いのも仄かな甘味があって美味だな。この白いのは何と言う?」
海苔の香り、仄かな磯の香りは良いよね~。そしてごはん!日本人にはこれが無くっちゃ、生きていくのが辛くなる!
王様がこれを気に入って、気候が合えば何処かで作ってくれないかな?
そうすれば異世界でも、ご飯が食べられる!!
異世界に移住と言っても、お米が食べられない生活は辛いよ。
一週間、白米無しなんて辛すぎる!!
「そちらはごはんです。水で炊く穀物です。炊く前の物は米と言います」
「そうか。米と言うのか……。そして炊くと名前が変わるのか。他にも食べ方は有るのか?」
おおっ!?王様!食いついてくれますか!?その調子で、ご飯の虜になってお米作ってくださいませんか??
「勿論です!ご飯にすればそのままでも食べられますし、甘く味付けした酢と混ぜた酢飯とか、細かく刻んだ野菜や肉と炒める
王様、少しでもご飯に…お米に興味を持ってください。そうして作ってください!私の異世界移住ライフを充実させるためにも………。
「成る程。随分と食べ方は有るようだな。それに、麦と違って炊けば食べられるのか……。食べる為の手間は少なさそうだな」
ふむふむと感心したかの様に、フォークに刺した一口のおにぎりを見ていた。
お米、作ろうとは言いませんでしたね。残念!!
***
食後、何故だか私は王様と共にいる。
今は庭に出て、入り口側の松の苗木の所だ。
「随分と変わった気配を感じるのだが、この木は何と言う?」
「松と言います。向こうでは、特別な力は無かったと思いますが……。あぁでも……」
松って、お正月には門松にするんだよね。あれは新年の神様でも迎える為の物だっけ?後は、お祝い事の松竹梅なんて物も有るわけで、その中では最上級だよね。
「でも?」
おっと、脳内会議に没頭し過ぎてた!
ぱっと見上げた先の青い瞳が柔らかく細まる。ジークベルト王子もイケメンだったけど、その父親の王様もイケメン+大人の包容力を感じさせる良い男だった。
だから、余計にドキリとする。
恋愛的な意味じゃないよ。身分のある人だからね。それが友好的ならラッキーだけど、不興を買ったらと思うと……ね。
食後、「新しい知識を覚えるのは趣味の一つなんだ」とか言い出して、異世界の話やここに持ち込んだものの説明をして欲しいと、言い出したんだよね。
「え……と。門松と言って、竹と言う植物と松を纏めた物を新年に玄関先に飾って、その年の神様が家を訪れる目印にしたりもするので、もしかしたら何かしらの効果が有るのかもは知れないです」
「その年の神様?」
「ええ。干支の神様と言います。十二年を一つの周期として、一年に一人づつその年を司る神様がいるんです。だから、周期を司る神様だと思います」
「門松か。おもしろい風習だね。そうなると他の神様は十一年の休みが有るのか?」
一年間、バッチリお勤めをしたらばその後は十一年連続の長期休暇………。
う、羨ましいですね。
「羨ましいことに、そうなりますね」
「はははっそうだな。一年働いて、十一年も休める……うん。羨ましいな。しかし、年を司る神様とはね。他にも神様はいるのかい?」
「他には………………」
そんな感じで王様の接待致しましたよ。ああ、緊張したーっ!
***
――PM14:00――
ライセルさんは王様達と何やらお話があるそうで、その間私はレティシアさんの部屋にいた。
「文字を習いたい?」
レティシアさんの緑の瞳が、ちょっぴり大きく見開いたのちに、コテンと首を傾げた。
可愛い。
細いのは細いけれど、ミイラを脱却して、ガリガリも卒業しつつあるレティシアさん。
残念ながら髪の毛は、ベリーショートからショートに入ったところで、鏡の中で見えたあの長さには程遠い。
「そうなの。私ってこの世界に移住しちゃえ!って、目標で動いているでしょ?だけどまだこの森から出ても無いし、この世界の……この国の文字も通過も常識すら知らないんだよね。だから先ずは読み書きが必須かなぁって。手近で教えてくれるのってレティシアさんしか居ないじゃない?だから頼めないかなって」
「成る程。言われればそうでしたわね。真理さんの目標はこちらの世界への移住ですものね。わかりましたわ。わたくしが文字を教えて差し上げます」
にっこり、愛らしい笑顔でレティシアさんが微笑む。
う~ん。天使の復活は近そうね!
「これが一番分かりやすい文章ですわね」
レティシアが指し示したのは、幼児向けの絵本で文章も少なく読解には丁度良いだろうとの事だった。
内容としては、小さな女の子が森の中で傷付いた動物を助ける。それが実は精霊で後々大きくなった女の子を助けると言うような内容。
人には優しくしましょう的な内容かな?
「因みにこの文字は、文字の羅列で発音が変わったりするの?」
「いいえ。一つの文字には一つの言しか適用になりません」
おや意外。一つの文字に一つの音しか当てはめないとは。
「そうなの?それなら覚えられるかな?」
この国の文字は、英語みたいに組み合わせで発音が変わることは無いらしい。云わばローマ字的な物だからその点はラッキーとも言える。出てくる言葉を日本語のひらがな表と併せて書き込んでいけば、何とか文字は覚えられるかも。
持ってきたノートに、平仮名のあいうえお表を作製し、余白に同じ発音のトリンド語を書き込んでいく。
「これは何をなさっているんですか?」
「これ?私の国の言葉とトリンド語の同じ発音を併せて書き込んでいるの。その方が覚えやすいし、向こうの文章を訳するのにも役立つかなと」
「成る程……。それなら、こちらが真理さんの世界の情報を知りたいときに訳す事も可能になりますわね!」
平仮名だけならね。平仮名だけなら訳せても、日本には漢字と片仮名がある。そこを訳すのは………結局私とか?
漢字はねー。音読みと訓読みがあるし、当て字も有る。辞書でも乗っていない読みをするんだよね。誰がそれを読めるのよ!?ってね。
名字だと東風谷とか?中学生ぐらいで東風の風とか古文の何かで出ていたよね?あれが脳内記憶に残っていれば出てくるけど、そうでなければ………出ないよね。
難しいのは地名だよ。北海道なんて
他にも有るけどさー。
日本全国津々浦々、難解文字の地名名字は結構あるよね。面白いけど。
「ははは~。そうですね……」
微妙に苦笑いになった真理にレティシアは不思議そうな目を向けた。
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