異世界生活13―Ⅵ

 ドドドッドドドッドドドッドドドッドドドッドドドッ…………。


「えっ?なに…何の音!?」


 突然の地を揺らすような地響きにも似た音に、真理は驚きの声をあげた。


「真理さん、これは馬の足音ですわ。きっと、陛下達が来られたのでしょう」

「馬ぁ?馬って、こんな足音なんだ………」

 産まれて初めてだよ。生の馬を見たのも乗ったのも。そして、この音はきっと馬蹄音って言うので、馬が沢山いるって事だよね。


「異世界では馬は馴染みが有りませんでしたか?」


 この世界の移動手段は、馬に引かせる馬車や騎馬が中心。その常識から当て嵌めると、真理の反応は、意外な物なのだろう。


「そうですね。一昔前ならともかく、今は技術と言うものが発達しているので馬は使いませんから」

「馬は使わない!?それじゃあどうやって移動するんだ!?」

 真理の言葉にジークベルトもルークも興味深げな視線を向ける。


 地球じゃ、馬は殆ど使わない。限られた式典とかそう言うので天皇とか何処かの国の王族とか、イギリスの騎馬警察位で……。あとは競馬とか乗馬クラブとかの馬だよね。


「車、バス、電車等の所謂、鉄の器に動力機関を取り付けて動くようにした乗り物です」

「鉄…………?」

「鉄が人を乗せて動くのか!?」

 多分、乗り物が馬、馬を機動とした馬車が主体となると、この世界は中世位の発展度合いなんだろうね。

 そうなると、鉄と言えば剣等の武器、或いは冑なんかの防具、農具や日常の生活用品位な物かしら?


「そうですね。正確には鉄では無いかもしれないけれど、それに準ずる金属とか樹脂が使われたいますね。専門家じゃないんで、詳しい仕組みとかはわかりませんけど……」

「ここよりも文明が発達しているって、事ですか?」

 レティシアの兄ルークは頭が柔軟な様で、今の少ない会話の中で、理解は出来ずとも予測は立てられたようだ。


「そうですね。一見するとこの世界は、私のいる世界の何百年か前の時代のようにも感じられますし……」

「もしかして、地面で光っているのもあなたの世界の物ですか?」

「そうです。表面の黒い板で日中太陽光を集めて蓄電して、夜に灯りとして灯る仕組みです。細かい事は知りませんけど」

「成る程。だから、あの地面で光る物があったのか……」


 真理とルークの会話で、ジークベルトの感じていた地面に灯されていた灯りの謎が解けた。


「あ、それよりも雪!ねぇ、この懐中電灯威力が凄まじく可笑しかったんだけど、何でだかわかる!?」


 ソファからひょっこり顔を覗かせる白狐の雪に真理はL.E.D.懐中電灯のおかしな現象の正体を訊ねた。


『それなぁ~。ほほほっ、彼方の神々は皆暇で暇で退屈しておるからの、少しばかりサービスしたのじゃろ』


 …………ん?サービス??


「サービスって??」

 訝しむ真理を余所に、雪は背中を丸め延びをし、右前足、左前足、右後足、左後足と順に伸びをして口を開いた。


『大和の國で神々が降臨を果たしていたのは一体何時の頃だと思うのじゃ?界を隔てて以来、人界への干渉を極力控え、既に地上は生命に任せてある。成熟した世界の神々とは至極退屈を抱えているものじゃ。神々の長い寿命と変化の無い日々。これらに辟易した神々は別世界へ渡るための切符を待っているのじゃ。そして、それが漸く叶ったと言うのじゃから、張り切らん訳が無かろう?』


 暇して、力の使える異世界に来たから神々が張り切りましたって??

 えっ?なにそれ……普通に怖いんですけど……。


「つまりは……地球あちらの世界の神様達の仕業ですか?あの異様に色の違う蝋燭だの、光量が明らかに可笑しなガーデンライトとか、さっきの懐中電灯は最早兵器バリとか……?あ、でも切符って、何?」


 神様と言うものを信じているわけでもないけど、その神様達が別世界に渡るための切符と言うのも気にはなる。


『彼方の世界の物を持ち込めば、そこに不随して或いは干渉の及ぶ神がこちらに渡れるのじゃ。じゃからの、鎌だの鍬だの持ち込めば、農耕神やらが、松の木も植えてあったから慶事の神が力を及ぼすじゃろうなぁ。どれも地味ではあるが、永き時を生きる力ある神じゃからの。我が主等比べるべくもなく強い』


 農耕って、人間が定住して栽培するようになってから産まれたり体得した神様って事だよね?そうなると一番古くて弥生時代まで遡るってこと?

 長生きの神様ほど強いって……え~!?


「でもそれで、張り切ったからって、私と何か関連がありましたっけ?」


『おや、わからんかの?真理、今のそなた神々の依り代となっておるぞ?』


「はいぃ!!?何それ、怖いんですけど!!」


 そんなの知らないし、何も無かったよね??


『そなたの一族のぉ。旧くは珠堂の宮家と呼ばれる、神降ろしの一族じゃ。知らずとも神々の目は引くし寄せる力もある。じゃから、道を開かれて『助けて』とか『助けたい』とか願えば、ほれ外の鳥居なあの辺りからわんさと駆けつけるのじゃろうなぁ…』


 雪は面白そうに銀の目を細めて嗤う。


「いや知らないし……」

 確かに、あの時ライセルさん達の無事は願ったけど………。


 願ったけど……そんな気配、これっぽっちも感じませんでしたけど!?





 ◇




「レティシア!!おお……レティシア…こんなにも痩せ細って……!!あぁ!あの美しかった髪も、こんなことに……」


 現れるなり、ドタドタとした重い足取りで駆け寄ってきたのは、小太りな中年の男。ナッシュ・シュトーレン。レティシアの父親だ。


「お、お父様……。わたしはもう、大丈夫ですわ」


 レティシアさんもお兄さんのルークさんも美形ではある。金髪緑の目で、これはお父様のナッシュさんもなんだけど……。

 美男美女の兄妹の父親も、髪や瞳の特徴は同じなのに……残念!小太りさんだった。


 遺伝的に、気を付けないとルークさんも中年太りするのかな?

 ルークさんの美貌が今だけの物で無いことを祈る!!



「レティシア嬢。此度の件、我が愚息が申し訳なかった……」


 レティシアに抱きつくナッシュの背後から、頭一つ分長身の金髪碧眼と言う三十代半ばの男性が声を掛ける。豪奢な衣裳であることから、身分の高い人だろう事は予想できる。


「へ、陛下……その様な……」

 ナッシュは慌てた素振りでレティシアから体を離し、国王ミハエルとレティシアの間から退いた。

「国王陛下……。陛下から謝罪とは、恐れ多いことです。それに……ランディール様は、洗脳されての事なのでしょうから、陛下が謝罪なさるのは……」


 レティシアは淑女の礼をし目を伏せた。

 ランディールが洗脳されたうえでのレティシアへの暴挙とも呼べる王都追放なら、正気に戻ったランディールにその罪が問えるのか?


「いや、良いのだレティシア嬢。我が愚息の罪は罪。例え洗脳であろうと騙されたので有ろうとも、過ちを犯した事実は変わらぬ。事が済み次第、厳正に処罰をするよ」


 碧い瞳が苦渋の痛みを覗かせるが、それでもその意思は堅そうだ。為政者として、一人の父親としての決断は揺るぎ無い物に見えた。


「今は、ゆっくりと回復に勤めてくれ。正式な王家からの謝罪と慰謝料に付いては、王都を取り戻してから改めてさせてもらうよ」


「身に余る……御言葉にございます……」


 レティシアは、涙を流したままただ頭を垂れていた。





 ◇





 レティシアさんは、部屋にもどって休んでいる。熱が出たのだ。今日は、暗くなってから目間苦しかった。恐怖や緊張の連続にとどめに王様の登場だもの。心労が大きかったんだろうね。


「私はトリンド王国国王ミハエルだ。貴女が異世界からの転移者殿か……」

 向かい合うソファー。トリンド王国国王ミハエル陛下が鎮座している。その隣には第一王子のジークベルト殿下。ジークベルト殿下の後にはレティシアさんのお兄さんが立っていた。


 後は、護衛騎士の方々ね。他の人達は台所で調理をしたり、裏庭で野営の準備をしていた。昼から強固軍で、皆さん夕飯がまだなのだとか。


 私の隣には辛うじて、ライセルさんがいる。一人では不安だと『隣にいて欲しい』と、私がお願いしたのだ。


「はい、そうです。堂城真理と申します」

「改めて礼を言う。あなたのお陰でレティシア嬢の命は救われた。また、忠義ある騎士団の多くを失わずに済んだのも貴女のお陰だろう」


 苦し気な瞳は変わらない。それでも威厳を保ったままなのは王所以なのだろう。


 それにしても……。


 国王様と言う事は、隣に座るジークベルト王子のお父さんて言うことだよね。年はレティシアさんより二歳年上の十八歳だっけ?こっちは実年齢の歳よりも少し大人びて見える。二十代前半の見た目をしている。そしてその父親の王様。十八歳の子供がいるのにも関わらず、若々しくダンディーイケメンに見える。三十代だと思ったけど、四十は越えてるよね。きっと。


「いえ、私のは大したことをしたわけでも有りませんし、ですから」


「それでも、レティシア嬢が助かったことには違いない。感謝する。貴女にも近いうちに褒美を取らせよう。何か希望はあるか?」


「そんな……畏れ多いですから」

「気にしないで受け取ってほしい。ドレスでも宝石でも、何なら家でも構わないよ」


 ほんの少し、和らいだ表情をミハエルは見せた。ガチガチに緊張して見える真理の気を解すためだろう。


 良いの?本当に……!?

 だけどやっぱり…。ここは、それは恐れ多い事です……って、断るべきよね?


 …………けど。


「あの……可能であれば居住権を……。この世界に移住する許可を頂ければ、幸いに存じます!」


 『駄目だ、認められない』……なんて言われたらどうしよう!?


 勇気を出して、答えたつもりだ。だけど、異世界の人間が勝手に移住してこの世界に不都合があったら、間違いなく粛清されてしまうだろう。


『そうだ!異世界に行こう!』なんて気軽にやって来てしまったけれど、それが望まれての召喚なら手取り足取り物事の知識は得られる保証が有ると思える。けれど、私は勝手に押し掛けて移住しようとしているわけだから、周囲の人間に不審に思われたらそこで終わりかもしれない。

 権力の有る人間。或いは力の有る人間のお墨付き、庇護下、保証が慣れるまで異世界生活にはあった方が安心だものね。


「なんだ、そんなことで良いのか?」


 事の外あっさりと、国王ミハエルは真理の移住希望を受け入れた。







「今日はもう遅い。明日、改めて話の続きをしよう」


 ミハエルの一言でこの日の話し合いは終了となった。


 外にいた騎士達から野外のテントに寝床を準備が整ったと知らせが届いたからだ。改めて自分の部屋に帰って時計を見れば、時刻は十一時をとっくに過ぎていた。



「ああ、王様とか本当に出てきたよ……。一般人には、社長だって緊張物なのに……王様って……」


 それに、実年齢の割りに顔は若かったし、包容力の有る大人って感じだったよね。


 そして、あの世界……顔面美形率高くない!?






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