異世界生活13―Ⅴ

 森の中から発射された強烈な光によって生み出された一本道。夜道にも関わらず、その道は明るかった。

 空中から、白くて丸い光が生まれては消えを繰り返す。その間中、まるで地面から照らされているかの様な錯覚を覚えた。

 いや、事実下から明かりに照らされていると言うのが正しい表現だろう。


「殿下!あこそで開けてます!!」

 道の終わり、急に長四角に開けたら場に出る。その両脇に、強烈な力を感じた。


 ゾッと背筋か凍るほどのその感覚には、何処と無く身に覚えを感じる。けれどそれは、このような瘴気に毒された森の奥から感じるような気配等では、決して無い筈で。


 しかしこれに似た、近しい気配は知っている。



 あれは…………神殿の……?




 遠い記憶の中で、トリンド王国よりも大国に足を運んだ折り立ち寄った、大陸一大きな神殿。その御神体を間近にしたときも、この様な感覚を覚えなかったか?


 目を凝らす。注意深くその場所を慎重に見回した。その様な気配は一つではない。しかし、手近な物として目に止まったのは一つの木だった。

 まだ、ヒョロヒョロとした頼りないその若木が、異様とも言える空気を周囲に向けて放っているのだ。

 それはまるでこの場に、この奥に邪悪な気配を僅かばかりも寄せ付けぬとでも言うような、威嚇するような気配だった。


 ジークベルトは、真理が移植した松の苗木からその様な気配を感じ取っていた。

 それは、ルークとセディンも同様で、しかしそれ以上に驚いたのは地面で光るガーデンライトだった。


 驚きに自然と馬の速度は落とされ、おずおずと辺りを見回しながら歩みを進めていた。

「この光は……。随分と白いな。こんな光、見たことがあるか?」

 ジークベルトの問いにルークは首を横に振る。

「いえ……残念ながら俺の見識の中には有りませんね」

「私もです。殿下」

「だよな。精々……昔聞いた城の地下祭壇に有るって言う聖火の話ぐらいで……」


 幼い頃、一度だけ目にしたことがある。淡く柔らかく周囲を灯す優しく小さな光。あれが『聖火』なのかと幼心に感じた暖かな灯火。

 確かに、あの光からも神聖な気配は感じる。

 しかし、その印象は地下の祭壇の聖火と大きく異なる。

 厳粛な光。他を圧倒し掌握する荘厳の輝き。それでいて決して冷たいわけでも無慈悲なわけでもない。


 先にあるのは、あの聖火と同じ『慈悲の輝き』だ。


 しかし、瘴気の森の内部にこんな場所がどうして?


「家だ!あそこにレティシアがいるのか!?」


 ルークの指差す先を見る。追放されたとは言え公爵令嬢が住まうとは到底思えないような、簡素な家がそこにはあった。

 木造の表面は幾分苔むして古びた感が拭えない。こんなところに、レティシア嬢を追いやったのかと思うと、ランディールに対して怒りしか湧き起こらなかった。


 そして、一刻も早くレティシア嬢の無事を確かめるべきだと言うのに、家の周囲に心を奪われた事を猛省していた。


 周りに気を取られていた。そう遠くもないし、直ぐに見つけられる距離だと言うのに、入り口の植物やら地面からの光に気を取られていた。


 馬を降りた三人は、家の戸を叩く。

「レティシア、いるか?俺だ、ルークだ。無事なら出てきてくれ」


 愛しい妹の顔を見るまでは、ルークはライセルが幾ら無事だと、言ったとはいえ安心できなかった。

 たった一人の、自慢の愛らしい妹。下手をしたら死んでいても可笑しくは無かったと言う今回の状況に、深い憤りと強い喪失感を抱き続けてきた。

 その顔を、生きている妹のその姿を目にするまでは、言葉ばかりの情報では到底、納得など出来るものではなかった。


「レティシアーー!俺だ、ルークだ!いるなら答えてくれ!!」


 だから、必死に叫んだ。ただ、ひたすら愛しい妹の名前を。




 ◇




 森の中の家の中。レティシアと雪の二人は、身を寄せ合うように真理の帰りを待っていた。

「真理さん……遅いですね。何かあったのかしら?」

「心配は無いと思うがのぉ~」

 真理が戻らないことを心配して顔を曇らせるレティシア。狐姿に戻った雪は、レティシアの膝の上に頭を乗せて呑気に微睡んでいた。


「……雪、だけど……」

「真理は心配ないぞ?そう易々と此方の穢れ程度には侵されんし、側にも寄れまい……何せ、あれは……ZZZZZ……」

 雪が何を言おうとしたのか、レティシアには皆目見当も付かなかった。


『何せ、あれは……』

 真理が、何だと言うのか。雪は、何を言おうとしたのか。


 それでも、レティシアは心配なものは心配なのだと思った。



 ドンドンドンドンッ!!


『レティシア、いるか?俺だ、ルークだ。無事なら出てきてくれ』


 居間の暖炉と玄関扉とは、壁が二枚隔てられていた。その為、最初の音は聞こえても続く声まではよく聞き取れない。


 ドンドンドンドン、ドンドンドンドン!!


『レティシアーー!俺だ、ルークだ!!いるなら答えてくれ!!』


 その声は、聞こえた。懐かしい声に、レティシアの瞳からホロリと一粒の涙が零れた。


「お……兄さま……ルークお兄様!!」


 レティシアの気配に気付いた雪は『あふぁ~』と、欠伸をして膝から退いた。それと同時に、レティシアは立ち上がり覚束ない足取りで玄関を目指す。


 ドアを開ければ、そこには懐かしい兄の顔が。


「お兄様ぁぁー……!!」


 ポロポロと零れる涙は、レティシアのずっと凝っていた心を溶かすかのように止まらない。

 鏡の中でも、動けるようになってからも、ずっとレティシアは、泣いたりしていなかった。

 あの時、ランディールに追放を言い渡されて以降、レティシアの心は凍ってしまっていたから。微笑むことは出来ても、涙を流すことは出来なかったのだ。それが、家族と言う心を晒しても大丈夫だと確信の持てる相手を前にしたから、その氷は漸く溶け出したのだ。




 ◇




 腕の中に飛び込んできたレティシア。腰まで伸びていたあの美しい髪は、無惨にも少年のような短いものに。ふっくらとした張りの有る肌も、窶れ青白い。

 背中に回した手から感じる、何処かゴツリと骨の当たる感触は……ルークの心臓を抉るほどの痛みを与えた。


 何てことだ……。流石に本人だとは、わかるが……。わかるが、これ程までに変わってしまったのか!?


 これ程までに窶れ細って、儚く成り果てているのか!?レティシアは!!


 留学に同行している半年の間に……。正確には、ランディール王子に追放とされた二月ほどの間に……!?


 言い様の無い、ドロリとした怒りがルークの胸の中には渦巻いていた。


 天使の様に可愛いレティシア。俺の自慢の妹。あの美しい髪も、可憐で愛らしい微笑みも、あの姿も……。



 大切に慈しんで、大事育てた、共に育った愛しい妹を……俺の宝を……。

 ランディール王子と、聖女エリーナ。この二人の人間によってもたらされたと言うなら、俺は……。


「ジーク様。俺、ランディール王子を前に平静でいられる自信がありません……」

 ルークが、声を抑え震える声でそう言った。


 この後、城へ帰城する。その際、果たしてランディール王子と顔を合わせたルークは平静で居られるか。極度に娘を溺愛しているシュトーレン一家だ。ルークのみならず、父親のナッシュにも言えることだった。


「それは、俺だって…………」


 ジークベルトは、それ以上は言ってはいけない気がした。何せ、レティシアを追い詰めた男の兄なのだから。

 加害者の兄が何を言っても、弁明にすらならないだろう。




 ◇




 取り合えず、王様に合っても咎められることも、投獄されることも、処刑になることも無いらしい。

 それならそれで安心は、したのだけど。


「一旦、家まで真理さんを送り届けますね。それから陛下達をお連れしますので、お待ち頂けますか?」


『お待ち頂けますか?』とか聞いてはいるけど、王様と会うのに拒否権は無いようだった。


「はい……」


 そう答えるしか無いじゃない!?だってライセルさんの目、既に決定済みの念押しよ!?


 ライセルさんは、残っていた一頭の馬に颯爽と跨がった。手慣れている……いや、騎士団だからそこはそうか。

「さ、真理さん」

「えっ!私も乗るの!?」

 だから、馬上から差し出された手には驚いたのだ。

 だって、馬なんて産まれてこの方乗ったことも触れた事もないよ?それをいきなり「さ、真理さん」何て!!


「そうですよ。だから、そこに足を掛けて手を出してください」

 にこり、少し楽しげな笑みは何処か少年ぽさを感じさせるもので。


 指し示されたのは鐙で、そこに片足を掛けておずおずと差し出した手を、ライセルがクッと引き上げる。そのまま脇から腕が延び、抱き上げるように馬上へと引き上げられた。


 わっ!た……たっかーい!!

 産まれて初めての馬上。そして背中にはライセルの体が密着しそうな程近かった。

 右の手は手綱を持ち、もう片方は真理の体に回されていた。


「馬に乗った事は?」

 頭の直ぐ上に聞こえるその声が、心臓の鼓動を跳ね上げる。

 先程までの、恐怖や焦燥とは違う高鳴りが真理の中に響いていた。


 ち、近い!!声が凄く近いんですけど!?

 あ……ダメ。今日一日で、と言うかこの短時間で色々ありすぎて、頭が追い付かない!!



 声を出すことが躊躇われた。真理はライセルの質問に軽く頭を横に振り否定する。


「そうですか。それなら余りスビードは出せませんね」


 その後、比較的ゆっくりとした速度で馬を走らせ、その間何かを話したと思うが真理は内容まで思い出せなかった。





 そうして送り届けられた、森の中の家の中。


 そこには、居間のソファに腰掛けるレティシアさんとさっきの三人がいた。


「殿下、お待たせしました。こちら異世界からお越しの真理さんです」

 レティシア達のいる居間にに入ったライセルが、真理の横に立ち中にいる青年達に紹介した。

「真理さん!……お、帰りなさい!!」

 真理の顔を見るなり、レティシアが泣き張らした顔で駆け寄ってきた。

「ただいま。……そちらが、レティシアさんのお兄さんと第一王子様?」


 心配かけて悪かったね。そんな思いを込めて微笑んだ。


 レティシアの後からこちらに来る三人の青年達。さっきはチラとも見えなかったから、顔や特徴はいまいち良く分からなかった。


 一人は、レティシアさんと顔付きが似ていて、髪色もほぼ一緒。柔らかく波打つ癖の髪を首元で切り揃えて後ろに髪を撫で付けている。緑の瞳もレティシアさんに良く似ていた。

 もう一人は、レティシアさんのお兄さんより背が高く、少し色味の抜けた金色をしている。そして瞳の色はアイスブルーで、真顔になると少し冷たい感じがした。


 彼らの後ろから来るもう一人は、細身の中性的な顔立ちの男だった。青い髪がセミロングに伸ばされ、サイドの毛が耳に掛けられている。


「はじめまして。私は、トリンド王国第一王子ジークベルト・トリンドです。あなたが、異世界から来たと言う真理さんですね?」

「はじめまして。レティシアの兄、ルーク・シュトーレンです。あなたのお陰で妹は救われました。なんとお礼を言ったら良いのか……」


「第三騎士団、第二分隊体長、セディンです。ご無事で何より」


 やっぱり…………か。

 うん。良かったね。

 ずっと一人きりで辛い思いして、死にかけたんだもん。

 やっと、レティシアさんが幸せに生きられる道が開けた。そんな気がした。



「それでは、殿下。私は陛下達をお迎えに上がりますので、真理さんをお願いします」


「ああ。気をつけて行ってくれ」


 ライセルさんは、先に言ったとおり、森の外で待つと言うトリンド王国の王様を迎えに行った。



 しらない顔が、三人も……アウェーだわ。


 完全に、アウェー!!


 この状況で、私にどうしろと……?

 真理は、三人の男に向け苦笑いを浮かべた。

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