異世界生活13―Ⅱ

「これが、祈祷をして貰った御守りになります。こっちのが、家内安全で、こっちが恋愛成就ですね」


 家内安全には笹の葉っぽい三枚の葉と松の葉、それに桔梗模様の刺繍がされ、生地が青と緑の物を選んできた。恋愛成就には真ん中に赤いハートがプリントされ、恋愛成就の文字が金糸で刺繍されている。周りには小さな可愛らしいピンクの桜の花模様と薄いピンクのハートがプリントがされて全体的に濃淡様々なピンク色の大変可愛らしいものだった。


 う~ん……。家内安全はともかく、恋愛成就のこの御守りを独身騎士の皆さんに持っていただくのか……。


 鉛色の甲冑の腰にぶら下がる、ピンク色の小さな長方形を想像すると……あははっ!ヤバい!!口が歪むっ!!


 真理はニヘラと顔を歪めかけ、慌てて口を手で隠した。


「御守りって、随分と可愛らしいですわね」

 レティシアさんの感想は、最もだ。だってねぇ?大抵恋愛成就の御守りって、女性が買うことの方が多いもんね。


「そうですね……ふふっ……」

「真理、何笑ってるんだよ!?」

 ジト目がちにウォードが、突っ込みを入れてくる。

「えっ?何でもないよ?」

「…………本当に?」


 何故でしょう?皆さんの視線が集まって怖いんですけど!


「えー…?いや、あのね。このピンクの御守りを騎士の腰にでもぶら下げて持ち歩くのかなって想像したら、ちょっと可愛いかなって……」


 真理の言葉を理解した一同は、一瞬脳内でそれを投影してみた。


「えっ!?それは無い!!」

「そうだね~。腰には下げないかな~?」

「そうですね、腰には下げませんよ。落としでもしたら大変ですからね」


 ああ、そうか。落ちちゃうか。

 そうだよね馬にも乗るし戦いもするんだよね。落としたら、御守りの意味が無いものね。


「ふふふふっ♪♪……た、確かに…ふふっ…騎士の腰に下げてたら可愛らしいですわね…ふふふふっ……♪♪」

 レティシアのツボには入ったようで、暫く笑いが止まらない。


 …………いったい、誰の姿を想像したんだろ?



「因みに、家内安全と恋愛成就の違いは?」

「家内安全は、主に家庭内の平穏を願うもの。だから、これは家庭の有る結婚されている方が持つのがお薦めで、恋愛成就は、好きな人がいるよって言う独身者かな?本来は、片想いでも両想いでも、好きな人と結ばれますようにって言うおまじない的なものだから。恋人同士だとお揃いで買って持つのが一般的かな。好きな人が特に居なければ、家内安全でもいいと思うよ」


「恋人同士……」

「お揃い……」

「成る程……」


「と言うことは、我々はこちらと言うことですか」

 ライセルはピンク色の御守りを手に取り、ジッと見た。


「まぁ、そうなりますね」

「うわー。俺、こんな可愛いのを持つのか……」

 これを選んだ時点で、独身者は想い人が居るか居ないかが周囲にバレてしまう。ウォードは、恋愛成就を選んだ。

 好きな人がいるんだね。


「ピンク色~……いや、僕はこっちだな」

 ラーフィは、一瞬迷ったけど緑色の家内安全を手に取る。


「私も、こちらを頂いて良いかしら?」

 レティシアは、ピンクの恋愛成就を。


「残りは、他の騎士さんに渡してください」


 その場はお開きとなり、レティシアと雪は部屋に戻り、ウォードとラーフィは片付けの続きに出ていった。




 カチャリ、カチャカチャ……。


「これで全部ですね」

 使用した食器を運ぶのを、ライセルが手伝っている。


「真理さん」

「はい。なんですか?」

「さっきの御守りですが、ここに真理さんが入れてくれませんか?」

 ライセルが示したのは、騎士服の上依の内ポケットで。


「えっ……?」

「駄目ですか?」


 何故だかライセルの声が、懇願するような声音に聞こえる。そして、向けられる視線もまた、甘さを感じるもので。


 真理はドクッと、胸が跳ねる気がした。


 そんな目、反則!!絶対に反則だから!!

 イケメンのおねだり顔って、私にはキツイんですけど!!


「あ……いえ、駄目じゃ無いけど、自分で出来ますよね!?」


 違う違う違う!!あり得ない!絶対にあり得ないから!!

 今の胸の高まりを必死で否定しようとした。

 取り分けて親密な訳でも、恋人と言う訳でも無いのに、何でそんな事言うんだろう?


 ―――――――やめてよ!


 変に誤解しちゃうし、期待もしちゃうよ?

 今は傷心で弱っているんだから、甘い言葉、優しい言動、何より無駄にイケメンとの接近なんて、本当に心が傾いちゃうから!!


「異世界の御守りを、異世界の方に入れて貰えば効果が上がりそうですよね?……だから真理さん。お願いします」


 …………って!な、何だあぁぁー……。

 それって、短に験担ぎ的な!?

 異世界の御守りを異世界の住人に……で、効果アップを狙いましたって言うの!?


 やだ!無駄にドキドキして!自意識過剰みたいで恥ずかしいんだけど……。穴があったら隠れたいとは、この事ね!


 何だか、安心したような、がっかりしたような。




 ああ、でも単なる験担ぎなら……験担ぎでなら……そんな事なら御安い御用!!

 ……って、受けなきゃ変に意識してます!なんて、言ってるような物だよね?


「そう言うことなら、いいですよ」


 努めて平静を装ってライセルさんから御守りを受け取り、少し屈んだライセルさんの上着に触れる。

 顔が……近い。

 頭の上から視線を感じる。

 ライセルの息遣いが聞こえてきそうだし、思ったよりをも距離が近かった。


 何でもない事の筈なのに、相手の風貌を知っているからやっぱり緊張する。変に意識しすぎないようにって、心に言い聞かせるけど、それも中々難しい。


 捲った内側。左のポケットにそれを入れようと手を伸ばす。御守りを入れた手を引っ込めようとしたところで、ライセルさんの右の手が、私の手を包み込んだ。


 ドクッ!!ドクドクドクドク……!!


 触れた先から伝わる温もりに、心臓の鼓動は更に加速していた。


「あの……?」


 何するの?


 見上げた先で、ライセルの瞳と真理の視線がぶつかった。途端ににこりとライセルが微笑む。その顔が、いつも以上に近く感じた。


 うはっ……キラキラ後光が見えてきそう……!!

「きっと、大事にしますから」

「…………!?」


 ライセルのその瞳に、熱を帯びていると感じた。


「御守り……」


 って!御守りかあぁぁいっ!?紛らわしいな!!!


 あああ、またっ!?


 どうしてこう、無駄にイケメンってのは紛らわしいの!!?


 ドッドッドッドッドッ…………。


 やだ、また心臓の鼓動が早くなる。きっと、顔だって赤いと思う。


「俺は、真理さんを傷付けるような真似、これ以上無いと誓います。だから……」


 えっ?な、何……?やっぱり……もしかして、告白!?


 からかっているのかと思った。からかわれているんだと。続けられる言葉が、まるで告白めいていて、勘違いしそうになるじゃない!!


 ライセルの言葉が、放たれる声が、その音が、甘い、甘い囁きに聞こえる。


 情けない姿も見せた。泣き顔も、恥ずかしいところも……。


 その上で、そんな声で囁かれたら、傷付いた心の天秤は簡単に傾いちゃうよ……。


 ライセルとの間の空気が、何となく甘いものに感じられて…………。


「真理さん……」

 名前に続く言葉に、心が期待を抱いていた。



『…………好きです』







「団長、片づけ終わりましたーー!!」

 バタンッ!!

 沈黙を破り、元気よく駆け込んできたのは、毎度お馴染みウォードで……。



 真理は、それにホッとしていた。何だか自分が自分者無くなって、勢いと言うか空気と言うか、そう言うものに飲まれてしまいそうだったから。


 ジロリ。何故だかライセルは、ウォードを睨み付けた。


「そうですか。それでは、体が鈍らないように稽古といきましょうか?」


 にい~っこり。何時もの団長の笑顔の筈なのに、やたらと迫力を感じるのは、何故でしょう!?



「だ……だ……んちょう?」


 何となく、身の危険を感じたウォードは、顔から冷や汗を足らしていた。


 えっ?えっ?何!?……俺、もしかしてお邪魔?お邪魔しちゃったってヤツ!!?



「覚悟してくださいね?たっぷりと絞ってあげますから!」


 ポキポキポキポキッ!!

 ライセルが指を鳴らして微笑んだ。弧を描いて薄く開いた瞳は、決して微笑んでなどいなかった。


「ぎゃーーーー!!ごめんなさーーーいっ!!!」


 その日の日が暮れるまで、ウォードの悲鳴が裏庭に木霊した。

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