騎士達の奮闘Ⅵ~瘴気(北)の森~

「陛下、もうすぐ北の森です!!」


 先頭を走るグレンが、国王ミハエルに告げる。


「飛ばすぞ!!」


 グレンの言葉に、ミハエルは逸る気持ちが抑えられなかった。

 どうかこれが間違いであって欲しい。父親として国王として、そう思わずにはいられなかったのだ。

 ランディールの母親ディーナは、ミハエルよりも三歳年上であった。ディーナとは幼い頃に婚約を結ばれた仲で、長い時を掛け交際を続けた結果、互いに尊敬しあい信頼する間柄であった。


 十九歳で妃となり、やがて自分が王となることで王妃となった彼女だが、結婚して九年。子宝に恵まれず側室をとることを強く進められ、押しきられる形でジェシーを側室に娶った。

 ジェシーは、その年の内に子を身籠り、翌年には第一王子のジークベルトが誕生した。しかし、ジェシーの産後の日達が悪く、二月余りの後に命を落としてしまった。

 ジークベルトの教育は王妃であるディーナが管理するところとなった。

 ミハエルのたった一人かも知れない王子を、王妃たるディーナがどの様な思いを抱えて育てたのか、男親で王であった余には計り知ることは出来ない。

 それから二年の時が流れ、結婚して十一年目。漸く、ディーナとの間にも王子が誕生した。それがランディールだった。

 ランディールが七歳になった頃、そのディーナも流行り病にかかり、治療虚しく呆気なくその命を散らしてしまった。


 二人の妃を失ったミハエルは、その後新たな妃を娶る気にはなれずに今日まで過ごしている。

 ミハエルに残された二人の妃の二人の王子。

 第一王子ジークベルトは、文武に長け王に就いたなら賢王と呼ばれる程の才覚を持っている。しかし、そのの母親は側妃であった。実家も伯爵家と新王の後ろ楯としては弱く、今すぐ王太子として立てるには、やや不安が残る。


 第二王子のランディールは、心優しく第一王子ジークベルトを立てることも出来る穏やかで、誠実な性格だった。


 最善の選択は、ジークベルトを王太子とし、ランディールにその補助をさせること。

 しかし、ジークベルトの後ろ楯は弱い。高位貴族、特にディーナの実家からの反発は大きい。そしてディーナの実家公爵家は、ランディールの伴侶を早々に定めることで、王太子の地位へと一歩も二歩も近付けたのだ。


 だから……だからこそ。そのディーナとの王子であるランディールに間違いがあって欲しくなかった。





 夜の闇の中でも、恐ろしさと不気味さの漂う漆黒の森。そこはかとなく漂う瘴気の気配に、背筋が凍る思いだった。

 その黒い森の中を、赤い光が点々と揺らめいていた。




 黒々とした、瘴気の森には、幾十もの騎士達が分け入り、切れぬ刃で先の見えぬ瘴気の森を切り開こうとしている。


「くそっ!何で斬れないんだ!?たかだか植物のくせして、ちょこざいな!!」

 キンッ!キンッ!キンッ!と、ある者が斬ろうとしている瘴気の植物は、まるで金属にでもぶつかるような音を放ち、一向に切れる気配を見せない。


「何なんだ!この黒い植物はっ!!斬っても斬っても直ぐに生えてくる!?」

 方やもう一方では、容易く斬れると言うのに、空いたところに一歩を踏み出す間に猛烈な速度で瘴気草が生え戻り、カサカサと葉音を鳴らして蠢いている。


「何故だ!?何で斬ったら増えるんだよ!?」

 更には、本体から切り落とされた瘴気草が消えるどころかその場で新たに根を張りだし増える始末……。


 ある種異様で、異常に見えた。瘴気草ではなく、騎士達の様子が、だ。

 皆、目が血走り、狂ったように瘴気草に挑んでいる。少し冷静に成れば、一旦退却して対策を練るなり方策を転換するなりするだろうに、前へ進むことしか頭に無いように瘴気草に挑んでいる。


「何をしている!?」

 グレンは堪らず声を掛けるが、その声すらみみには



 届いていない様子で、彼らはこちらを振り向こうともしない。

「国王ミハエル陛下のお越しだ!一旦退却し、陛下に控えんか!!」

 ミハエル付きの側近が声を高らかに、国王の来訪を告げるが、その声も届いてはいない。

 取り憑かれた様に瘴気草を斬り続け、森の奥への侵入を試みていた。


「おい、いい加減に……」

 グレンが、騎士の一人に手を掛ける。

「何だ!お前は!?聖女エリーナ様の御為に、悪逆な魔女レティシアを屠る聖なる戦いだ!邪魔をするな!!」


 怒鳴り返す者、譫言うわごとのように、同じ言葉を繰り返す者、種々様々に返されるその言葉は『聖女エリーナ様の為に』に帰結される。


 本来、王に忠誠を誓い王国の為に仕える騎士が、王の存在を前に跪く処か此方を振り向かない。


 王がいると言うのに、この体たらく。それは何かに取り憑かれている様な、それとも惑わされているのか、何れにせよ常軌を逸する様相だ。



「皆下がれ!一旦退却しろ!!このままでは瘴気に飲まれるぞ!?」


「お前達の忠誠は何処に有る!?この場で死する為のものか!?トリンド王国に、ミハエル国王陛下にその剣は捧げたのでは無かったか!?」


 第三騎士団グレンを始めとした、騎士達が必死に呼び掛けるが、彼らは聞く耳を持たない。


 それどころか……。


「聖女エリーナ様の邪魔をするとは、神を恐れぬ蛮行者め!!成敗してくれる!!」


 刃の切っ先をグレン達へと向けたのだ。




 トリンド王国の中で権力トップの国王ミハエル。しかし、数の上では圧倒的に不利だった。外遊の為に連れていた護衛騎士と第三騎士団の数名。それに近隣の街の守備兵を動員してのこの場では、兵力的にも戦力的にもミハエルが不利だった。

 一触即発とも言える緊迫した状況。瘴気の森の入り口近くで睨み合う、国王ミハエル率いる騎士と守備兵の混合部隊。方や洗脳されているとは言え、統率も式系統も無いく、個々が狂ったように不測の行動に出る恐れの有る騎士達。

 騎士同士の戦いとなれば、実力は拮抗。しかし、相手はマトモな戦いを仕掛けては来ないだろう事は予見できる。それだけに、国王ミハエル側の騎士達には只成らぬ緊張が走る。




「てえぇいやあぁぁーーー!!!」


 相手側の騎士の一人が先手に動いた。

 蓮向かいに立つ年若な兵士に剣を振りかざし襲いかかったのだ。


 王国騎士と一介の兵士。実力は、大人と幼子とでも呼ぶべき差だろう。その弱点を付く。戦場では常識的では有るが、それにしても初動が目立ちすぎる。


 何故そんな掛け声を上げる?そして、振りかぶりすぎだ。それでは、標的に悟られるしその大振りな動きの間に対応できてしまう。

 グレンが横に動く。


 キィィン!!


 受け止めた、刃。それを皮切りに睨み合う二つの集団は、入り組み合う混戦となった。





 混戦の中で、更なる馬蹄が後方の野から響いてきた。



 ―――――挟撃か!?



 そう、背筋が凍る思いを抱えつつその騎馬の集団の姿を見定めていた。


「陛下!!国王陛下!!ご無事ですか!?」


 良く通る若い男の声。聞き覚えがある、懐かしい声。


「シートベルト!!そなたも無事であったか!!」


 騎馬の集団は、留学から帰国した第一王子シートベルトの一団であった。


「なんとか!それより、これは一体なんの騒ぎです!?何故、同じ王国騎士同士で戦うような事に……」



 シートベルトの疑問は尤もだ。王国騎士の忠誠はまず王国にそしてその頂点に君臨する国王に捧げられたもの。それなのに、王と敵対し王を護る騎士と刃を交えている。

 異状なのだ。この事態は。


「実はの…………」


 父であり国王であるミハエルが語った内容に、ジークベルトは眉を潜めた。


「それが事実なら……私は……」


 ジークベルトは、僅かに震える手をグッと握りしめた。背中には、嫌な汗が滲み伝う。


『聖女エリーナの洗脳に第二王子ランディールが陥落し、反逆の徒に堕ちた。あの騎士達も同様に洗脳の最中に有ると言うことだろう』


 国王の座は、ランディールに譲る。留学から戻ったら、私は王籍を離れよう。臣下降格し、ランディール王太子を影ながら補助しよう。



 そう、心に誓っていたのに…………。




 それが事実なら、私は―――たった一人の義弟を、裁かねばなりません。






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