優能なる執事は華麗に暗躍すⅠ
夜、人々の営みが終わりを告げ、多くが夢の帳に包まれる頃、ソレは紺碧の夜空を舞っていた。
「ヒャーハハハハ!!」
漆黒の蝙蝠の様な翼をはためかせ、爬虫類の顔を持つそれは、竜等と違い何処か低俗さを伺わせるもの。
我が物顔で夜空を駆けるソレは、己の思惑通りに事が運んでいる事にその先に待っている
「ヒィーッヒィーッヒャハハハハ!!」
バサッ、バサッ、バサッ!!
くるくると旋回を始めたその眼下には、今にも草木に飲み込まれそうな家があった。辺りを取り囲むのは、黒々とした禍々しい気を放つ瘴気草や瘴気木。
「ヒャハハッ♪もうすぐだ、もうすぐ、お前は俺のモノになる……。アレさえ手に入れば、クククッ待っていろよ?俺の花嫁!あと少し、あと少しだからな………!!」
眼下の家の、そこに眠るはただ一人の住人。
健在であれば、金に波打つ髪を靡かせ、澄んだ緑のエメラルドの様な瞳の可憐な少女。
それが今やみる影もなく、黒々としたミイラも同然の姿に。自力で立ち上がることも、話すことは愚か、呼吸すらまともに出来ているのかすら怪しい。
後は、魔力が抜き取られ完全に底を尽きるのを待つだけだ。そうすれば、『聖女』の魂は、封魂呪石の中に吸い込まれる。
花嫁に差し出す指輪に磨きあげ、左手の薬指に収めるだけだ。
あと三日。三日後にまたここに来よう。その時は『聖女』は死に、俺は目的の聖女の魂が入った『聖なる石』を手に入れる。
「ヒャハハハハーッ!ヒャハハハハ!!」
ソレは、嬉しそうに彼方へと飛び去っていった。
***
飛び去るソレを男は、冷ややかな目で見送った。
全てが仕組まれているとも、監視下の中での出来事だとも知らぬソレは、自らの婚約者と定められた女との明るい未来を重い描いていた。
「馬鹿ですねぇ~。そんなに上手く行くわけが無いでしょう?ククククッ………」
私は今宵、見つけましたよ?最適で、最善で、最強の、異世界の救世主を………。
お前には想像も付かないでしょうねぇ~。私達が何れだけこの時をこの瞬間を待ち侘びていた事か………。
愚かにもお前は、我らの掌で踊るのです。まるで道化であるかのように………。
これからです。これから、大切な我が主を、愛しき唯一の方を腐ったお前から解放するのですよ。
「道化が……。あの方を穢れたお前になど、渡すわけが無いでしょうに………」
男は、「ふうっ」と息を一つ吐いて灰色のローブを被り直し、いずこかへと姿を消した。
***
三日後の夜。その森の変化は、ソレにも理解することが出来た。
三日前の、あの夜と森の中。小屋の様子が明らかに違っていた。
「何だ?この、近寄る度にざわざわと粟立つ皮膚の感じは………」
何かがある。ソレにとって、触れたら只では済まない何かが……。
森の中の、その家に近寄る度に思う。
『これ以上は、近付きたくない』
『寄れば、我が身に危険が及ぶ』
『ダメだ!それ以上寄るんじゃない!!』
嫌な、いやな、イヤなその感じは、知っている。覚えがある。
アレハ聖なる力、浄化の力だ。
『白』の力、神聖なる浄化の力。
それが、あそこには存在している………?
何故だ?あとはもう、あの娘の死を待つだけと言うのに………。
ただの聖女である、あの娘しかここには居ない筈なのに………。
それでも、無理をしてでも森の中の家に寄った。あの石を回収して、それだけで良いんだ。それだけで、俺はあの女と結婚できるのだから。あの女さえ手に入れば、現魔王など打ち倒し、俺が……この俺様が新魔王として魔界に君臨するんだ!!
意を決して、ソレは小屋に近付く。
ピッ!空から降下して、家に近付いた瞬間、腕に痛みが走った。
下から聖なる気が立ち登っているのだろう。
魔の、穢れの化身とも言えるソレにとって、真逆の存在。その力が、ソレを家に寄せ付けまいと小さな抵抗を開始した。
ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!
着衣に覆われていない剥き出しの皮膚が、小さく裂けていく。
シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!
家のとの距離が詰まる度に裂傷の度合いは増し、小さな傷の範囲を越え出す。傷付いた先から紫の体液が流れ出す。
だが、そんな事に構ってはいられない。
もし、この聖なる気が気のせいでなく、これから先、更に強度を増すものなら、今を逃したら自身の手で
今しかない、今を逃したら後はない……!!
ソレの脳裏には、最早焦りしか無かった。
あともう少しで屋根に手が届く!!
そのくらいに近付いた時、それは発動した。
家の床下から発生したそれは、瞬時に家の外壁を覆い、駆け登る。
「なっ!?浄化の炎だと!?」
ソレは、白い陽炎の様な揺らめきに触れた。ジュジュジュ!!と、肉を焼く様な音と共に白い陽炎は、ソレを飲み込む。蛇の様に這い伝うその白い陽炎は、意志を持つかのようにソレに絡み付き、触れた先からソレの皮膚を溶かし焼く。
「う゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!ぐわあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」
皮膚から立ち上る、肉が焼ける臭いと剥き出しの血肉の生臭い臭い。
痛みに堪らず、家から離れようとする。絡み付いた蛇の様な白い陽炎は、森の中の家と繋がる白い炎に連なる者。
浄煉の炎。
白き光。白き炎。白き風。白き氷。白き雷。
聖なる力の象徴足る、白き力それを従える者が、あそこには居るのか!?
ただの聖女ではない。聖女よりももっと………。
「うがあああぁぁぁ……!!ま゛、ま゛ざが……!?」
ソレは、やっとのことで這い出るように、その陽炎から逃れた。全身は焼け爛れ、一部の肉は削げ落ちるようにブスブスと崩れ、白い骨が見えていた。白く立ち上る煙は今もソレが聖なる残光に焼かれていることを示していた。
それでもソレは、羽を広げた。蝙蝠の様な革張りの羽は、所々の端が破け、至るところに穴と傷が有り、紫色の滴が滲み滴り落ちる。
ほんの少し高度を上げては、ガクンと落下しよろめきながら瘴気の森を移動した。
幾らも飛ばないうちに地面に堕ちたソレは、再び激痛に地に身を捩らせた。
痛みは、まだ長く続く。引くことの無いその痛みは、ソレの犯した罪の数だけソレの肉体を刻むように焼いていく。
くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!
あと、少しだったのに!何故だ!?何故、計画通りに行かなかった!?
何故、こんな森の中の小さな家に、あんな強力な『聖なる力』が、存在した!?
ソレの触れた瘴気草が、シュワシュワと枯れ果て、その分だけソレの感じる痛みは軽減された。
***
真理様がこの家に通い始めて四日目。実に面白い物を見つけるに至りました。家屋の下に、強い聖なる炎を封じた気配を感じて覗いて見れば、そこにあるのはタールのような粘っとした色合いの不気味な楕円の石。真ん中に紋様が施され、何かを封じるための物だとは理解しましたよ。
詳細を調べるべく、それを我が魔界へと持ち帰った訳ですが………。
巨大を誇る漆黒の魔王城。
元々魔族も人間と同じく地上に暮らしていた。何時しかエターナルハインドには、魔界と言うものが作られ、もう一つの世界とも呼べる広大な土地を得たにも関わらず、殆どの魔族はこの魔王城に暮らしている。
理由としては、皆、特にやることが無いから。暇だから群れている。気候的に拘りの無い種族はそれが顕著で、喧騒と騒動の中心に居るのが心地良いんでしょうねぇ~。
暇潰しに始めた人間の営みの真似事。平地を開墾し農作物を育てたり、工業を始めたり。そうして出来上がった物を売り買いするうちに商店が出来たり、飲食店が出来たりして、それがこの巨大な城内部に経済的な一都市を築き上げさせた。
魔族の寿命は永い。人間の比では無いほどに異様に永いのだ。だからその永い生涯の中には、魔族同士でくっついたり離れたり、時には人間を妻に妾ったりする。
純血の魔族より人間の血が入ると生まれた子供は力にも寿命にも劣るようになる。
現在の魔王、レヴァーロ様がそれに当たる。彼の母君は、ロレーヌ・ガルディーと言う人間の娘で、二代目魔王カルディエラ・ディオス様が唯一の伴侶として選んだ方だったから。
それ故、薄まってしまった純血を取り戻すべく、レヴァーロ様の正妃や側妃様には、有力な魔族の令嬢方が選ばれたのだ。
「ローザ様が執事、ライフにございます。妃殿下にお取り継ぎをお願い致します」
妃殿下。現魔王レヴァーロ様には、二人の正妃様がいらっしゃいます。そのうち一人は知に長けし一族の、そして今一人は、ローザ様の母君に当たる、シュリーネ妃殿下。
「通れ。お会いになるそうだ。くれぐれも失礼の無いように」
「………は。失礼致します」
中は、絢爛豪華な装飾に彩られているのに華美に成りすぎず、来客者が気後れせずに寛げる空間を演出している。流石は魔界公爵家ヴァンフォーレ家の洗練されたセンスだと思わせるもの。
「ホホホ……。久しぶりねぇ、ライフ。いつぞやわたくしを訪ねて以来ですわね?」
艶やかな漆黒の髪に、金色の瞳。瞳の中に縦に開く瞳孔は、かつての『魔女』の質が強い証し。魔族にとって最も尊いとされる色彩でもある。
「はい。その節は御助力頂き誠に感謝致しております。ろくにご挨拶もせぬままで申し訳ございません」
「よいよい、面白い話もないのに挨拶など来られても、わたくしとしても迷惑な話ですもの」
手にしていた金糸と宝石の混じる扇子をヒラヒラとライフに向け煽ぐ。
「それで、あなたがここを訪ねると言うことは、なにか進展があったのね?」
金色の瞳をうっとりと細め、シェリーネは扇に隠した口をニィと、期待を滲ませていた。
「中々に興味深い話と面白い物をお持ち致しました。お時間を拝借願いますか?シェリーネ妃殿下」
ライフの言葉に、キラリと瞳を瞬かせシェリーネは恋する乙女のようにうっとりと囁いた。
「それは心踊る話かしら?」
ライフは、シェリーネに異世界パンデルミナのレティシアに纏わる一連の映像を見せ、次いで今日見つけてきた割れた封魂呪石を見せた。
「あらあら…まあぁ!!何てことかしら!?この娘が使っているこれは、陛下から最初に頂いた、わたくしの装飾品じゃない!?何故これが、この男から、異世界の小娘に渡っているのかしらねぇ~?それに、封魂呪石何て、これは魔界憲章に引っ掛かる案件よね?あら嫌だわ、あの子の婚約者が犯罪者だなんて……」
シェリーネは、怒ったわけではない。ライフが提示した驚きの事実に心弾ませ、愉しそうな笑みを履いたのだ。
それは艶かしくも妖艶な微笑みで、見るものを虜にする、魔性の微笑みだった。
「ローザの婚約者を決めたと仰有ったとき、陛下は凡愚に成り下がったと思ったけれど、どうしてどうして♪うふふふ……。わたくし好みの新しい遊戯を用意してくださいましたのね?凡愚は、凡愚なりにわたくしを悦しませることが上手だこと……。ライフ、覚えていまして?貴方が
シェリーネが産み落とした五人の子供のうち、唯一の女児が末のローザだった。自分に良く似た愛娘の結婚相手を、宴席での賭けに負けて勝手に定めた魔王レヴァーロに怒り心頭であったが、ここに来てその先の展開が愉快的な物へと変わりだしてきた。
それもこれも、この愛娘の専属執事ライフのお陰だが。
話の場は、涼を取る為シェリーネの部屋のバルコニーに移っている。小さな丸テーブルにはシェリーネ付きの侍女が入れた薄荷水が置かれ、薄緑の涼やかな香りの中をヒンヤリ冷たい氷が三つ浮かんでいた。
「勿論にございます。シェリーネ妃殿下には、そのご恩情に報いるべく、私はローザ様に生涯を捧げる所存で挑んでおりますから」
「クスクス……。そう、それで我が娘の心は上手いこと奪えそうなの?」
「そうなるべく、日夜励んでいるのですがね。中々に手強い御方です。ローザ様は……」
「ホホホ……。でも、結婚式までは日がなくてよ?更なる証拠と、ローザには一歩も二歩も踏み込んで上げなくては、逆転劇は難しいのでは無いのかしら?」
「その辺りも、重々。これから先は、私も元に戻る支度をしようかと……。そろそろ宜しいですよね?シェリーネ様?」
「くすくすくす…♪好きになさいな。わたくしは、ただ娘の生涯の幸福と、一つの劇が鑑賞できれば良いのだから♪♪」
艶かしい微笑みで、シェリーネはうっとりと満月の下で微笑んだ。
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